停電をするのは構わないのですが、夕食時だけは避けてほしいなあと思わずにいられません。というか、停電をするなら予告をしてほしいと思うのですが、電力会社にとっても予告不可能な予想外の停電なのでしょうか。
予告不可能で思い出したのですが、大学でも何だか不思議なことがあります。
日本語学科は設立以来10年以上経っているのですが、来年度からようやく修士課程が置かれることになりました。
そのための入学試験も先日行われ、あとは二次試験を待つばかり、というところのようです。
ところがこの大学院入試、日程が直前まで決まらないのです。
一次の筆記試験も、割と直前まで、受験票がいつ手に入るのか、いつ試験が行われるのかはっきりせず、学生や卒業生などがやきもきしていました。
そして二次試験も、5月末にあるらしい、というところまでは分かるのですが、きちんとした日程は未だに出ていません。これじゃあ色々と憶測混じりのデマが飛ぶわけだよと納得です。
試験日程を決めずに募集をしてしまうというところが、なんともイランらしいとというかなんというか。あれこれとうわさ話に右往左往させられている学生たちを見ていると、なんとかならんものだろうかと思わずにいられません。
あらかじめきちんと日程を決めることに何か不都合があるのでしょうか?それとも、どうせ変更になるのだから余計な予告はしない方がいいということなのでしょうか?
そういえば、合格人数も募集要項には書いていなかったようです。どのジャンルから何題出題されて、どのような配分の得点になっているかなどはやたらと細かく書かれているのですが、いつ入試が行われるのかという肝心な情報がないというのは不思議な話です。
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遺跡の建つ丘の斜面には、古い墓地が広がっていました。
古い墓石によく見られる櫛や数珠が彫り込まれた小振りな墓石が転々と斜面に散らばっています。あるものは割れ、あるものは半ば土に埋もれ、新しいものは全く見あたりません。
冬に羊たちをつれてここで過ごしていた人々が葬られていた墓地であるため、そのように季節の移動をしなくなってしまった現在は使われなくなってしまったのだとか。
使われなくなっただけにしては、墓石がはがされていたり割れていたり、なんだか荒れ方がすごいなあと思っていたら、「墓石をはいで売るのがいるんだよ」とのこと。「ああ、大理石だから?」と聞くと、「大理石ばかりじゃないだろうけど、そういうことだね」だとか。

そういえば、以前、コルデスターン州のイラクとの国境にほど近い地域で文化財保護庁の職員に案内されて遺跡を回っているときに、大理石の墓石を見かけるたびに盗掘されないようにと土をかぶせて隠していたことがありました。調査が行われる前に盗まれてしまうと、遺跡の年代特定などに支障を来すそうですので当然の措置だったのでしょう。
遺跡に盗掘はつきものですし、ギーラーンの山間部にはそれを商売にしている人たちもいるそうですから、墓石を盗んで石材として売る人がいても不思議ではないでしょう。実際、墓地の中に建つ廟やガッサールハーネ(遺体の清めを行う場所)などの中には、古い墓石を利用しているものが見られますから、イランでは、古い墓石を石材と利用することは普通のことなのかな?などとも思ってしまうのでした。
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赤い土のでこぼこ道
緑に囲まれた村
青い空を流れていく白い雲
むき出しの岩山
谷から聞こえてくる羊の鈴の音
調査ってどんなところへ行っているんですか?という質問がありました。
調査の対象が農村にあることが多いので、農村部へ行くことが多いのです。昨年から今年にかけては平野部よりも山間部へ行くことが多く、また、調査対象が村からさらに山の中へ入ったところにあることも多いため、自動車では行けず、気がつくと山歩きになっていることが多いです。だから自然と山の中の話が多くなってしまいます。
日本では農村部の高齢化、過疎化が問題になっていますが、若者の国イランでも農村部は似たような状況です。
仕事を求めて、進学のため、若い人たちは町に出て行ってしまい、農村にはお年寄りだけが残っているという状況です。
幹線道路はアスファルトの立派なものが通っているのですが、山間部はまだ未舗装の道路も多く、隣の村へ行くのに一時間はかかるというところもあります。また、いくつかの村ごとに一つ、保健所が設けられていて定期的に医師グループが巡回してきますが、常駐しているのは保健師だけなので急な病気には対応できません。以前訪れた村で、「冬は誰かが死んだとしても、墓を掘ることができないのが困るよねえ」という発言に驚かされたこともあります。
都市部への異常な人口の集中は様々な弊害をもたらしています。
日本も人口の一割以上が東京に集中しているそうですが、イランでもテヘランへの人口の集中は日本以上のものがあるようです。地方の振興というのが難しいのは分かるのですが、なんとかならんもんかなあとなんだか悩んでしまいます。
大統領閣下には、潤沢な石油収入を人気取りのためにばらまくのではなく、もうちょっと考えて使ってほしいよなあと、テヘランではなかなか見ることができなくなったすっきりと高い青空を見上げながら思うのでした。
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方言がきつかったので一緒にいたイラン人の友人に応対をまかせ、私はそこに寝そべっていた猫にカメラを向けました。野良猫にしてはとてもきれいで近づいても逃げ出しません。
「何を撮っているんだい」
「あの猫ですよ。とってもきれいですね」
「私と一緒にいつも村の中を歩いているんだよ」
「おや、あなたの猫でしたか」
「こんな小さな時から育てたからね。私が行くところにはどこでもついてくるんだよ」

とまあ、こんな会話が交わされている間、猫はそこに寝そべっていました。おばあさんが少しでも移動するととことことついて行き、また寝そべります。
友人と私はその様子にびっくりしてしまいました。

「犬ならともかく、猫でもあんな風に人にくっついて歩くものなのかなあ」
「本当に小さいときから大切にしていたんだろうねえ」
「それにしてもすごいですよ」
「そういえば、テヘランの人は猫が嫌いで、よく石を投げつけたりしているけど、あのおばあさんはそうじゃないんだね。どうしてテヘランの人はあんなに猫を嫌うの?」
「猫はずるいからです」
「ずるい?」
「この春、ベランダとか庭をきれいにしようと思って、鉢やプランターを買って花の苗を植えたんですよ。ところが、夜になると猫がやってきてそこで寝るんですよ。おかげで苗はぺちゃんこになってしまってしまって、花を咲かせるどころではなかったんで、悔しかったんですよ。どうしてわざわざあんなところで寝るんだろう」
彼には悪いのですが、思わず笑ってしまいました。
「猫ってそういうところが好きだから〜〜。ちょっと狭い不思議なところで丸くなって寝るんだよね〜〜」
「そうですか?」
「そうそう。ちょっと前に日本でも、鍋の中でくるっと丸くなって寝る子猫がものすごく話題になったんだよ〜〜」
「鍋ですか」
私の住むアパートの斜め前の建築現場で働く労働者たちは、猫を見ると、それがちょっと離れたところを歩いているものでもわざわざ走っていって石を投げつけます。高校生くらいの男の子たちが子猫を蹴っているのを見たこともあります。猫好きにとってはちょっと辛いところなのですが、おばあさんとおばあさんを信用して大好きな猫の様子に、山歩きの連続で筋肉痛ではあっても、ちょっとうれしくなってしまったのでした。
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村を離れて山道を歩くと、足下には高原の花が咲いています。

テヘランに戻ったら中間試験の問題を作らなくてはいけないという憂鬱はちょっと忘れて、排ガスの臭いのない新鮮な空気をたっぷりと堪能してきたのでした。
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まあ、日本についての概説を学ぼうというものなのですが、今日はちょっと困ってしまいました。
日本の憲法についての説明の中で、「戦争の放棄」について説明していると、学生から、「日本は軍隊を持っています」「防衛のための軍隊といいますがイラクにいます」「イラクでは武器を持って活動しています」との突っ込みが。
参ったなあと思いつつも、「そうだよねえ」としか言えません。
私個人の思想信条は置いておいて思うのは、日本国内でどんなに理屈を使って憲法問題をごまかしても、海外から見ればそんないいわけは全く通じず、そこにある現実だけが事実だということです。日本の宣伝下手というのもあるでしょうが。
もし自衛隊を海外に派遣することが必要ならそれに必要な憲法の改正を行うべきでしょうし、改憲を行いたくないなら中途半端に自衛隊の海外派遣を行うべきではないのだろうと思わずにいられません。
まあ、イランから見たらアメリカにくっついて活動している日本をはじめとする諸外国を、うさんくさく見てしまうという事情もあるのでしょうが。
関係ありませんが、大統領閣下が「原油価格はまだまだ安すぎる」という意味の発言をしたそうです。すばらしいです。
先日の日本の報道によると、閣下は、ハータミー前大統領の任期8年間に使った予算と同額の予算をこの2年間で使い切ってしまったとか。それも、人気取りのためにあちこちに現金をばらまいただけで、本当に必要なところには使っていません。
ばらまくお金が足りなくなって、手っ取り早く原油価格のつり上げをねらっているんだろうなあというのがありありと分かるだけに、なんだかなあとあきれずにいられません。
インフレ率20パーセントといいますが、実際にはもっとインフレは進んでいるような感じもします。ノウルーズがあけてからの野菜の値上がりにはちょっと怖いものがあったりするのです。
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ごらんの通り、卵です。
最近、バーグでがちょう、七面鳥、鶏を数羽ずつ飼い始めたとのことで、生み立て卵です。
一番大きいのから、がちょう、七面鳥、鶏だそうです。
がちょうや七面鳥の卵も鶏の卵と同じように調理していいのかなあ?がちょうは鶏の卵二つ分くらいにはなりそうだなあなどと思いつつ、ありがたく新鮮玉子をいただいたのでした。
「今度は子羊を飼おうと思っているんだ」という大家さん。
金銭的にはものすごく余裕があるわけでないにしても、引退後にのんびりとこういう生活が送れるっていいなあと、かなりうらやましく思う大家さん一家の生活なのでした。
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先日、山歩きをしてきました。
春の山の中を歩くことそのものは楽しかったのですが、体力の低下をひしひしと感じないではいられませんでした。
やはり、普段から体を動かしていなくては駄目かなあと、スポーツクラブ等に通うことも考えたのですが、時間的な問題で難しそうです。
とりあえず、体重を減らすことを目標にがんばってみなくてはと、これから本格化する山の中での調査を前に、ようやく決意をしたのでした。普段からそういったことは気をつけていなくては駄目なんですけどね。
夜毎ズールハーネに集まって体を鍛えるおじさんたち(もちろん若い人もいるのですが)を見習わなくてはと、改めて決意した次第なのでした。
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ペルシア語古典文学をひもといてみると、その歴史の初期に作詩された「王書(シャーナーメ)」という作品に出会います。
イラン最大の民族叙事詩とも言われ、イランの創世神話からイスラームがイランに入ってくる直前までのイランの歴史の中を生きた王や英雄たちがどのように生き、戦い、恋をしたかといった物語が連なっている壮大な叙事詩です。
歴史といっても、古事記や日本書紀のような歴史であって、歴史的事実が書かれているわけではありません。イラン最初の王国とされるメディア(この「王国」の存在を疑問視する研究者もいますが)はともかく、最初の世界帝国とも言われるアケメネス朝については全く触れられていないのが興味深いところです。
アケメネス朝の新年の儀式などを行うための都であったペルセポリスは、後世の人々にその存在を忘れられ、イラン神話に登場する王の名前を冠して「タフテ・ジャムシード(ジャムシードの玉座)」と呼ばれました。
アケメネス朝ペルシアを滅ぼし、ペルセポリスを焼き払ったアレクサンドロスの名は後世の文学の中で哲学的英知を持った人物として描かれているのに、アケメネス朝については人々の記憶から忘れ去られてしまったというのは何とも不思議な感じです。
下のエントリーのようなレリーフをあちこちに掲げ、自分たちの権威を誇示しようとしていた王たちにとって、その存在が忘れ去られてしまうというのはショックではなかろうかと思わずにいられません。
アケメネス朝の後、アレクサンドロスの後継者の一人の統治したパルティアを経て、サーサーン朝が起こり、これがローマ帝国と何度も戦い、ローマ皇帝を捕らえたこともありました。そうした輝かしい勝利をイラン各地にレリーフとして刻みましたが、これも後世にはすっかり忘れられ、ペルセポリスにも近い場所に掘られたレリーフ群は、王書に出てくる英雄ロスタムの像なのだろうと考えられ、ナグシェ・ロスタム(ロスタムの絵)と呼ばれていました。
ところで、現在のイラン人が自分たちのオリジンと考えるアケメネス朝を滅ぼしたマケドニアのアレクサンドロスは、現イラン政権にとって公式な敵です。それはアレクサンドロスという名前がついているという理由だけで、展覧会への展示品の貸し出しを拒むほど強烈なもののようです。
しかしそのアレクサンドロスは、アケメネス朝最後の王ダリウス三世が敗走し、東へ東へと向かうさなかに部下の裏切りによって殺されたことを悲しみ、ダリウス三世の遺体をペルセポリスへと運ばせ、アケメネス朝の王たちの墓所の形式にならって葬るよう命じました。
ダリウス三世の墓は結局、完成することなく放置されましたが、アレクサンドロスの払った敬意は現在も作りかけのまま残っている墓所に知ることができます。

敬意といえば、アレクサンドロスは東征の途中、やはりアケメネス朝の王たちの宮殿や城塞などがあったパサルガダエで、アケメネス朝の最初の王キュロス大王の墓に詣で、最大級の敬意を払ったとされています。
アレクサンドロスが訪れたときにはまだ、キュロス大王の棺と遺体が残されていたとされる墓廟も、現在はまったくの空っぽです。

権力や威勢を誇ったところで、結局、人々にとっては自分たちの頭の上を通り過ぎるだけの人に過ぎないのだと思うのでした。
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授業で使うプリントを作ろうとして用紙が切れていることに気づき、家から少し離れたところにある文房具屋へ。そこで用紙を買い込み、私の住む地区の中を循環している乗り合いタクシーに乗り込みました。
私の家は乗り合いタクシーの終点で降りて少し歩いたところにあります。
他のお客がみんな降りた後もまだ乗り続けている私に運転手が不機嫌そうに「どこまで行くの」と言うので、「最後まで」と返すと、「あんたなんか乗せるんじゃなかった」と吐き捨てます。
何でそんなことを言われなければならないのか分からずにいると、私が降りる予定だった終点の手前でパンを買いたかったのに、終点まで行くとそこへ行くことができないからというのです。
あまりの態度と口の悪さにちょっとむっとしてしまったため、つい言い返してしまいました。
「パンを買うことが、客を終点まで乗せるというあなたの仕事を果たすことよりも重要ならそうしなさいよ。私はそこで降りて歩くから。最後の審判の日に、あなたがタクシーの運転手としての義務を果たさないで、自分勝手な言い分で客にひどいことを言って迷惑をかけたことを神がどう判断するか知らないけどね」
運転手は黙ってしまいました。
結局、運転手は自分が行きたかったパン屋と終点のちょうど中間点で私を下ろしました。彼の良心と、おいしいパン屋へできるだけ早く行きたいという欲求の妥協点がそこだったんだなあと、上り坂を歩きながら思ったのでした。
「あんたなんか乗せるんじゃなかった」というひどい言い方でなくて、「用があるからもう少し手前で降りてもらえないかなあ」と言ってくれれば、「じゃあ、そこまででいいよ」と言えるのにと、同じことをするにしても言葉一つで受け取る側の気持ちはずいぶんと違うということを改めて思ったできごとだったのでした。
まあ、イランには、日本のような「お客様は神様です」という考え方はないので、こういう言い方をするのだろうなあとは思うのですが。
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イランに限らないのですが、古代イランやギリシアの哲学者王の理想と、身体的にも完全であるべしという考え方があるのだとか。
そのため、ひげがないラフサンジャーニーは「ひげなし」と言われ、右手が不自由なハーメネイー師は革命の重要な場面で何とか右手を動かして見せる必要があったのだとか。
ハータミー前大統領がもてはやされた理由の一つが彼の外見であったことは間違いありません。体格がよく、穏やかそうな相貌にひげを上品に生やし、にっこりとほほえむ様子はイランの看板にふさわしいと考えた人は多かったに違いありません。そういえば、彼は哲学科の出身でもありした。
イランのお隣、トルコでも同じような考え方はあり、皇太子はスルターン位を争う他の王子たちの目をつぶしたのだそうです。ライバルを不具の身にすることで継承権を失わせたのだとか。
もちろん、こうしたことは洋の東西、時代を問わずあるのでイランだけに見られるものでもなんでもないのですが、イランの場合、古典文学作品などに容姿も良くあるべしとかそれに近いことがはっきり書かれていたりするので印象深いものがあるのです。
ついでなので、古代の王たちの姿をご紹介。

こちら中央はアケメネス朝時代の王とその家臣たち

王は強くあるべし。ローマ皇帝を跪かせるサーサーン朝の王

王の権力は神から与えられたもの。王権のシンボルが与えられている場面

サーサーン朝の王のアップ
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授業で使うプリントを作ろうとして用紙が切れていることに気づき、家から少し離れたところにある文房具屋へ。そこで用紙を買い込み、私の住む地区の中を循環している乗り合いタクシーに乗り込みました。
私の家は乗り合いタクシーの終点で降りて少し歩いたところにあります。
他のお客がみんな降りた後もまだ乗り続けている私に運転手が不機嫌そうに「どこまで行くの」と言うので、「最後まで」と返すと、「あんたなんか乗せるんじゃなかった」と吐き捨てます。
何でそんなことを言われなければならないのか分からずにいると、私が降りる予定だった終点の手前でパンを買いたかったのに、終点まで行くとそこへ行くことができないからというのです。
あまりの態度と口の悪さにちょっとむっとしてしまったため、つい言い返してしまいました。
「パンを買うことが、客を終点まで乗せるというあなたの仕事を果たすことよりも重要ならそうしなさいよ。私はそこで降りて歩くから。最後の審判の日に、あなたがタクシーの運転手としての義務を果たさないで、自分勝手な言い分で客にひどいことを言って迷惑をかけたことを神がどう判断するか知らないけどね」
運転手は黙ってしまいました。
結局、運転手は自分が行きたかったパン屋と終点のちょうど中間点で私を下ろしました。彼の良心と、おいしいパン屋へできるだけ早く行きたいという欲求の妥協点がそこだったんだなあと、上り坂を歩きながら思ったのでした。
「あんたなんか乗せるんじゃなかった」というひどい言い方でなくて、「用があるからもう少し手前で降りてもらえないかなあ」と言ってくれれば、「じゃあ、そこまででいいよ」と言えるのにと、同じことをするにしても言葉一つで受け取る側の気持ちはずいぶんと違うということを改めて思ったできごとだったのでした。
まあ、イランには、日本のような「お客様は神様です」という考え方はないので、こういう言い方をするのだろうなあとは思うのですが。
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どうやら大統領閣下の鶴の一声で復活したのではなく、国会から政府に対してサマータイムの実施が要請されたのを閣下が拒否。その後、サマータイム実施に執念を燃やす国会は、法律がイスラーム法に違反していないかなどをチェックする機関であるところの護憲評議会にサマータイム実施法案を送り、護憲評議会からサマータイムを行うべしとの命令を出し、さしもの閣下もそれに従わざるを得なかった、というところのようです。閣下には濡れ衣を着せてしまいました。
ところで、どうして国会はサマータイム実施にこだわったのか?というと、「昨年はサマータイムが実施されなかったために経済的な損失が大きかった」のだとか。正直なところ、サマータイムを実施しようがしまいが経済問題は変わらなかったのでは?とも思うのですがどうなのでしょう。サマータイムではなく、別なところにイラン経済の問題は存在しているように思うのですが。
また、昨年サマータイムが実施されなかった大きな理由が、西欧との決別を意図する大統領閣下の「西欧のまねをする必要などはない。サマータイムを実施しようがしまいが経済はそう変わるものではない」という鶴の一声でした。
昨年、ラマダーンの入りと明けがイランとしては珍しく、アラブ諸国と一致していました。これはアラブ諸国にすり寄るためだったと見なされていますが、「西欧にすり寄る必要はない」とやめたサマータイムを行うということは、今年は西欧にすり寄る必要ができたのでは?という人もいました。これはこれでおもしろい意見だなあと思います。
また、サマータイムについて色々と話している中でおもしろかったのが、「大統領は背が低くて、壁に掛けてある時計の針を進めたり遅らせたりするのに手が届かないんだよ。だからサマータイムをやめたかったんだよ」というジョークだったのでした。
閣下の背が低いことはあちこちでジョークや風刺画のネタになっていますが、イランの伝統的な支配者観からすると、やはり背が低くてハンサムではないというのは致命的なのだなあと改めて感じた次第だったのでした。
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昨日はノウルーズ休み後初めての授業でした。
授業で使うプリントを用意し、さてそろそろ出かけようかと支度をしていると電話が鳴りました。
「先生。今日は一限目から授業がありましたよね。学生が待っているのですが」
「は?まだ時間じゃないですよね?え?時計が止まって…あ!!」
「サマータイムですよ」
そうなのです。
サマータイムが始まっていたにもかかわらず、時計を直していなかったのです。大急ぎで大学へ向かい、学生たちには振り替え授業を行うことで許してもらいましたが、新年早々大失敗です。
去年、「欧米の習慣であるサマータイムを使うメリットはない」という大統領閣下の鶴の一声で廃止されたサマータイムが今年はなぜ復活したのか、テレビも新聞もほとんどチェックしない日が続いていたので、実は理由がよく分かっていないのですが、システムをころころと変えるのはやめてほしいなあと、自分の失敗を棚に上げてついつい文句をつけてしまったのでした。
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ノウルーズのお休みも、ノウルーズから13日目に当たるスィーズダ・ベダルで終わりです。
役所や銀行・商店などは四五日の休みだけで新年の業務・営業を開始しますし、バスやタクシーの運転手はシフト制でノウルーズも仕事なので、ノウルーズの前日から二週間を全部休む人はテヘランなどでは減っていますが、スィーズダ・ベダルまではやはり正月気分でいっぱいです。そして、スィーズダ・ベダルには家族そろってピクニックに出かけて正月も終わりです。
ノウルーズの13日目は家にいると良くないということで、ピクニックに出かけます。
ノウルーズの飾り物であるハフト・スィーンのサブゼ(上のカードでは一番上の段にある緑の新芽の束)をリボンで結び、同じく飾られていた金魚を持って野原へと出かけます。都市部では近所の公園や植え込みの陰ですませる人も増えているようですが、伝統的には野原の中へ行くものなのだそうです。
そして、そこを流れている小川などにサブゼを投げ込み、金魚を放します。ここでサブゼを流さないと、娘さんが婚期を逃してしまうという地方もあるそうです。大学でひな祭りのひな人形をいつまでも出しておくと行き遅れると言うんだよ、と学生に話したところ、イランにも同じような話がありますと教えてくれた学生が何人もいました。
スィーズダ・ベダルが火曜日だったため、大学は水曜日と木曜日も何となくそのまま休みとなり、土曜日から再開です。さて、学生は宿題をちゃんとやってきているでしょうか。
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