イランの報道だけでは何が起こったのか、起こっているのかよく分からないところがあるので少し調べてみて非常に違和感を覚えました。
さて、この違和感は何なのだろうと考えてみました。
まず、この被害者である14歳の少女には全く落ち度はないのでしょうか?
この年齢の少女が深夜、ふらふらと出歩いていることがまず私には驚きでした。そして、自ら容疑者の誘いを受けてバイクに乗っているというところで正直なところ、呆れずにはいられませんでした。これでは、合意だと思われても仕方がないのではないでしょうか?
たまたま犯人が米兵だったというだけで、いずれは同様の事件に巻き決まれていたのでは?と思われてなりません。単純に「米軍基地があるからこのような事件が起こる」のかどうか少々疑問があります。それよりは、「家庭のしつけができていない」ことの方にも危機感を持つべきなのではないかという感じもします。まして、沖縄では同様の事件が起こっているのですから、家庭で注意を喚起しているべきだったと思うのです。
イランでも旅行者がやはり同様の被害に遭っているのを聞きます。
女性が男性の家に誘われて、ひょいひょいと付いて行くことに頭痛がします。
あまり評判が良くないイスラームの服装規定ですが、一応理由はあります。女性が不用意に自分の魅力を不特定の男性に対して振りまき、そのことによって男性が過ちを犯してはならないから、そういう事態を引き起こさないように慎み深く自分の美しさを隠しておきなさい。ということです。
個人的には、男性側の意識にも問題はあるのでは?と思わないでもないのですが、でもこの言い分も分かります。
札束をいかにも採ってくださいといわんばかりに見せ、放置していたなら、たとえそんなつもりはない人でもむらむらと悪心を起こしてしまうかもしれません。それを避けるためには、きちんと金庫の中にしまうとか、とにかく人目に付かないようにしておくことが大切だということに反対する人は恐らくほとんどいないと思います。
女性を札束にたとえるのはちょっと適切ではないかもしれませんが、ちょっと今他に適当なたとえが思いつかないのでお許しください。
もちろん、犯罪行為については犯罪行為として司法の判断が下されるべきだと思いますし、アメリカ軍兵士がアメリカ軍兵士だというだけで裁きを受けることなくアメリカへ逃げることができるというのはおかしなことだと思いますし、許し難く感じます。
しかし、それとは別なところで、日本人自身もちょっと考えるべきところがあるのではないかと感じた事件だったのでした。
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今日はイラン・イスラーム革命勝利記念日です。日本の建国記念日と同じ日なのは偶然です。
1979年から29回目の記念日を迎え、テレビなどでは革命を振り返り、賞賛する番組ばかりです。
ただ、そのなかでちょっとおもしろかったのは、最初に行われた選挙の時の様子を報じた映像の中で、スカーフをかぶらない西欧的な若い夫婦が、「投票するつもりはありますよ。え?イスラーム共和国?まだ、それがどんな体制なのか全く情報がないからまだ投票には行っていないのよ」とインタビューに応じているものでした。熱狂的な人々が「イラン・イスラーム共和国に投票するぞ!この体制は一番だ!」と叫ぶ様子だけではなく、このように冷静な意見を述べる人の映像を流すということにちょっとした驚きを感じたのでした。当然、このように考えていた人もたくさんいたに違いないのですが、これまで、そういう映像をほとんど見たことがなかったように思うからです。
イラン・イスラーム革命勝利記念日については、こちらをご参照ください。
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このところ、ばたばたしていて疲れがたまっていたんだなあと自分でも納得なのですが、目が覚めて時計を見たときには一瞬、日時を把握し損ねてしまいました。調査から戻って、あ〜疲れた、とベッドに横になった瞬間から意識がなくなっていたわけですからすごいです。
その調査ですが、まあ、内容そのものは調査というには大げさかもしれないようなものなのですが、イランの農村部をひたすらがたごとと走り回るので楽しくもあり、大変でもありというところです。
大変なことの一つに、イラン行政府がとにかく大変な勢いで道路を作るので、地図にある道路と実際の道路が変わってしまっていることがあるというものがあります。
それと、やはり行政府が、様々な理由から村の名前を変えてしまうことがあるというものもあります。実際に人々が使っている古い呼び名と地図上の名前が違っているために、場所を見つけ出しにくくなってしまうのです。
とまあ、そんなこんなで、昨日もちょっとおもしろいことがありました。
友人に車を出してもらい、ずっと以前に行き損ねていた村を訪れようとしたのです。
「ええと、この辺りで誰かに、『フェルドゥース村』へ行く道を聞いておいて」
「フェルドゥース村ね」
「そうそう」
通りがかりの人に道を尋ね、戻ってきた友人曰く、
「その地図、間違ってますよ。フェルドゥース村じゃなくて、フェルドゥースィーエ村ですよ」
「え?そう?」
「みんな、もう少し行くと、『フェルドゥースィーエ』はこっちと看板が出ていると言っていますから」
「ふ〜〜〜ん」
と走り出すと、確かに『フェルドゥースィーエはこちら』と看板があります。しかし、看板が見えてからなかなか道路にたどり着きません。不安になった友人が車を止めて、歩いていた人に聞きました。
「フェルドゥースィーエはどこで曲がるの?」
「フェルドゥースなら、300メートルくらい行くと舗装道路があるから、そこを曲がって最初の村だよ」
「ねえ、フェルドゥースって言ったよ」
『フェルドゥース』というのはペルシア語で『天国』という意味です。ホラーサーンの方にも同じ名前の村があり、サフラン生産などで有名です。
どうしてこのフェルドゥースという地名をわざわざ『フェルドゥースィーエ』に変える必要があったのかと考えてしまいました。
フェルドゥースだと『天国』そのものであり、それが地上にあるのはよろしくないが、フェルドゥースィーエだと『天国のような』という意味なので地上にあってもよろしいと、誰か気の利いた人が考えたのではないかという結論に。ばかばかしい限りではありますが、恐らく、それほど大はずれではないように思います。
関係ありませんが、「日本にもそういえば、『天国(あまくに)』という名字の人がいるよ」と言ったら、「へええ」となんだか感心されてしまったのでした。
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寒波は峠を越えたとイランの気象庁は言っていましたが、気温は上がっても雪はまだ降りやすいということなのでしょうか。午後には日差しも戻り、日向の雪はほとんどどけてしまっていました。
アーシューラーの写真を整理していて見つけたこの写真。

カルバラーで殺されたイマーム・フサイン一統の首らしいのですが、一緒にいたイラン人によると、イラン・イスラーム革命後に行列に加わるようになったものらしいとのこと。革命で殺された人々、イラン・イラク戦争の中で死んでいった人々を忘れるな、ということもあるのでしょうか。
イランの記念日を眺めていると、「今日は○○の殉教日です」というフレーズや、それに関連したものが異常に多いように感じます。
「○○年前の今日、○○がこのようにして殺されました。この事実を我々は忘れてはいけません」というプロパガンダを見ていると、何でも水に流してしまう国から来た身には違和感がつきまとってしまいます。もちろん、何でも水に流してしまうことが良いことだとも思わないのですが、それにしてもなあと思う部分もあるのは確かです。
悲惨な出来事があったことを忘れないということも、将来同じことを繰り返さないという意味では必要だとは思います。しかし、イランにいるとそういう肯定的な未来志向ではなく、「敵への恨みを忘れるな」と言っているように感じることがあるのです。
ところで、話は変わりますが、イラクで久しぶりに起こった大規模テロについてです。
テロ組織が知的障害を持つ女性を使って自爆テロを行ったとのことです。
自ら志願して行う自爆テロならまだしも(もちろんこれも許されるものではありませんが)、今回のこのテロにはまた別な意味での怒りと嫌悪を感じないではいられません。しかし、西暦の週末だったこともあるからでしょうか、普段「人権」を主張する国、団体、人々からの非難はあまり聞こえてきません。
テロリストにしても口では色々と偉そうなことを言っているわけですが、何というか、反対のための反対というか、非常に後ろ向きな復讐の理論というか、そんなものしか感じません。その上、今回のような手段を執る彼らに「正義」がないことは明らかです。
日本では政治の道具になっている「テロとの戦い」ですが、もっと本質的な部分を議論してほしいなあと思わずにいられません。
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今年の寒波は意外な被害をももたらしていました。
よく考えれば意外でも何でもないのですが、テヘランの南にある大バーザールをはじめとする様々な場所で「水不足」が一時的に生じていたのです。
原因は単純で、水道管が凍結して水が出ない、というだけのことだったのですが、このおかげでバーザール内のチャイハーネやレストラン、食堂などが軒並み営業できず、トイレも使えずで大変だったようです。大学前に軒を並べる本屋街でも、トイレを借りようと思ったら「水が出ないけど大丈夫?」と言われる始末でした。
水道管に断熱材を巻くとか、夜に水抜きをしておくとか、そういうことをしなかったのか知らなかったのか。そういう状態が何日か続いていたようです。ちょうどアーシュラーも重なり、大変だったようです。
何日か前に、バーザールを訪れたときにはもう復旧していたようでしたが、冬に雨や雪が降るのは分かっているのに対策がほとんど考えられていない町なんだなあと改めて思った冬だったのでした。まだ終わっていませんが。

人間は大変だね、と、アンティーク絨毯屋のサラーの片隅で。
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