集中してくると姿勢が固まってしまい、なかなか休憩を取らないのが原因だとは分かっているのですが、なかなか改まらないものです。先日の指のしびれも、肘を机に付けたままタイプをしたりノートを取ったりしていたために、肘のところで神経が圧迫されて起こったものらしいとのこと。こちらはとりあえず、畳んだタオルを肘の下に敷くという応急措置で少しずつ良くなってはいるようです。
「家の中でエコノミー症候群というのは笑えないからね」との言葉に、そうか、そういうこともあり得るのかとちょっとびっくりでした。
腰痛とエコノミー症候群の他に気になることといえば、部屋が汚くなっていくことと、メールの返事が溜まっていくことでしょうか。
いただいたメールの中で、日本人大学生の誘拐事件に関連した質問や意見を書かれている方が何人かいらっしゃいました。できるだけ一人一人にお返事をするべきなのは分かっているのですが、この場でお返事をさせていただきます。申し訳ありません。
旅行の安全情報についてですが、これは以前に書いた通りです。絶対の安全も絶対の危険もありません。ごく普通の注意を払っていれば、それほど簡単に事件に巻き込まれることはないと思います。
それから、これは現地の人たちや、私の友人たちからも注意されたことですが、旅先で知り合ったイラン人の家に一人では行かない方が良いと思います。
もちろん、そうして誘ってくれる人のほとんどが好意からであることは間違いないと思います。しかし、以前もお話ししたとおり、イランの習慣の一つとしてとりあえず言っているだけのこともありますし、また、ごくまれにではありますが、強盗・強姦事件に結びついていることがあります。
それから、日本での報道にある、「今回の事件がイランの貧困故に起こった」という決めつけに対して違和感を感じたり、意見を書かれている方もいらっしゃいました。
今回の事件を起こしたとして、バルーチェスターンの部族の名前が挙げられています。そして彼らがバルーチェスターンの貧困故に麻薬の密輸に手を染め、今回の犯罪を引き起こしたというのが日本での報道の大部分のようです。
確かに、バルーチェスターンは8年間も続いた干ばつのために非常に苦しい状態にあります。また、テヘランから遠く離れている国境州であることと、バルーチ族という12イマーム・シーア派の政府とは異なるスンニー派信徒が住む場所であることから、投資や開発の対象としての優先順位が低く、これといった産業がありません。
農業、工業が駄目となれば、あとは商業しかありません。しかし、現地の人たちの話によれば、国境を接しているパキスタンとアフガニスタンに輸出できるものといえばガソリンやガスくらいだとか。実際、パキスタンやアフガニスタンと行き来をするピックアップには、ガソリンを入れるためのポリ容器やガスのボンベが積まれているのをよく目にします。
そしてアフガニスタンから入ってくるものは、欧米や日本製の電化製品や医薬品、そして麻薬です。パキスタンからは煙草や紅茶、そして武器や麻薬です。
初めてこの話を聞き、また実際に国境を越える人々を見たときにはかなり驚いたものでした。
アフガニスタンから入ってくる欧米や日本製の電化製品、医薬品というのは援助のためにアフガニスタンに渡ったものです。それが、現地の人たちによって品物よりも現金とばかりに売り飛ばされてしまうのです。そしてスィースターン・バルーチェスターン州の人々の手を経て、イラン国内へと流れていきます。そして麻薬の場合はイランを経由して更に第三国へと。
アフガニスタンの人々がどうして援助物資をイランへ売るのか、どうして麻薬を生産してイランへと流すのか。
パキスタンの人々がどうしてアフガニスタンで生産されたアヘンの精製を行い、イランへと流すのか。
スィースターン・バルーチェスターン州の人々がどうして両国から入ってくる品物を、時に麻薬すら、イラン各地へ運ぶのか。
理由の一部は確かに貧困だと言わなくてはならないと思います。アフガニスタンやパキスタンの事情はよく分かりませんが、少なくともスィースターン・バルーチェスターン州に関してはそう言わざるを得ない部分はあります。
産業がないから就業の機会は少ない、農業は荒廃している、それでも食べていかなくてはならない、となれば、麻薬や武器の密輸に手を出す人が出てきても仕方がないのではないでしょうか。
まして、バルーチェスターン地方はイラン国内でも一家族の構成人数が最も多い州の一つです。家族のためにと、良くないこととは思いつつも、密輸や強盗・誘拐を行う人もいるかもしれません。
貧しいから犯罪を犯す、という単純な決めつけはしたくありませんが、そうなる可能性が高くなるということは否定しきれないようにも思います。
ただ、スィースターン・バルーチェスターン州の場合、アフガニスタンやパキスタンと国境を接しているという地理的な要因もそこに加わっており、また、中央政府からのスンニー派に対する有形無形の圧力とそれに対する反発、伝統的慣習へのこだわりなど、様々な要因も絡み合っているため、一面的な決めつけをすることは問題の本質を見失わせることになるのではないかという感じもします。まだそのあたりはもやもやとして形を為していないためにうまく言えないのですが。
貧困だけに原因を求めると、じゃあ、金持ちあるいは生活に困っていない人は犯罪に手を染めることはないの?ということになるのですが、こちらはこちらで結構ひどいことをしていたりするわけで。
なんだかよく分からなくなってきましたが、麻薬密輸組織(組織と言えるのかどうか疑問ですが)による犯罪とされる今回の事件ですが、たとえスィースターン・バルーチェスターン州が貧しくなかったとしてとも、麻薬を欲しがる人たちがいる限り、麻薬の生産や密輸はなくならないに違いないと思うのです。
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テヘランに戻ってきて気になったのは、私のアパートのお向かいに住み着いている猫の親子のこと。
私が出かける二三日前から姿を見なくなっていて、まだ子供も小さいのにどこへ行ったのだろうと気になっていました。
テヘランに戻ってきた翌日に、外出すると、ばったりと親子連れに出くわしました。
どうやら、私のアパートのお向かいではなく、お隣に引っ越していたようでした。
子供たちは木登りの訓練中で、そろそろ親離れなのかな?と、ちょっと寂しさも感じつつ、ほっとしたのでした。

テヘランには野良猫が多いのですが、アゼルバイジャン地方で見る猫よりも痩せていて、毛づやも悪いのがちょっと不思議です。栄養不足なのでしょうか。
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私がビザや宿の手配をした方の中にも何人か、旅行延期ための打診や、キャンセルをされた方がいます。
たとえ日程の中にケルマーンやバルーチェスターンが入っていなくても、いくら私が大丈夫ですよ、と言っても、一度芽生えた不安というのはなかなか消せないのだろうと思います。また、ほとんどの方が、「家族や周囲の人が心配するので」キャンセルをしようと思うと仰っていて、そうした方に心配をかけてまで旅行をする気になれないことも良く理解できます。
実際、私に「大丈夫だと思いますよ」と言われて旅行を決めたとしても、「本当に大丈夫なのか?」と旅行の間中心配しているとしたら、旅行が全然楽しいものにならないでしょうから、それならいっそキャンセルをしてしまうというのも一つの考え方だと思います。
ただ、キャンセルを伝える度、イランの旅行社やホテルの人などが嘆くのだけが辛いところです。
そうしたやりとりの中で、いくつか考えさせられたり、面白いなあと思ったことがありましたので、少しご紹介してみたいと思います。
「一人の日本人が誘拐されると、すべての日本人が誘拐の危険にさらされるの?危ない場所に近寄ったのは、その誘拐された本人の責任でしょう?どうしてそれで日本人全部が旅行をキャンセルするの?」
これはよく言われることです。9.11の後、ヨーロッパからの旅行客はほとんど減らなかったそうですが、日本からの旅行客はほとんど全滅に近かったそうです。その時も、「アメリカで起こった事件で、どうしてイラン旅行がキャンセルされるの?」と聞かれて困ったものでした。
「今回の人質が解放されたら旅行に行きますって言っても、解放されたら治安が100パーセントになるわけじゃないと思うんだけど、どう思う?」
「10万人の旅行客が平穏無事にイランを旅行していても、一人が誘拐されると、イランがイラクのように危ない場所だって言われるのはどうしてなんだろう?他の国では旅行者が誘拐されることは絶対に起こらないの?」
確かに、日本でも観光に来た人が殺されたりとかあったなあと記憶していますが、日本が危険地域に指定されたとは聞きません。
それから、中越沖地震(新潟県出身者としてはこの名称に違和感を感じるのですが)でも、海外で日本全国が放射能で汚染されているかのような報道が為されて、サッカーのチームをはじめ、来日を取りやめる人が続出して大変だったようですが、日本も同じことをしているんだなあと実感してしまいました。更には、日本ではイラクもイランもパキスタンもアフガニスタンも同じように考えている人が多いことも、過剰反応が起こる原因なのでしょう。
危険地域といえば、こんな発言もありました。
「日本に何年かいたことがあるんだけど、ケルマーンやバルーチェスターンを危険地域というなら、ボクは新宿とか渋谷とか池袋だって結構危険だと思うなあ」
「バルーチェスターンやバムの周辺は、確かに、麻薬の密売人たちがうろうろしているけど、日中の街中で誰かを誘拐することなんてないよ。そういう意味では、テヘランの周縁部だってかなり怖いよ。地方から流れ込んできた人たちばかりで治安は良くないし、麻薬をやっている連中はいるし。でも、そういう場所にはわざわざ近づかないのが普通だよね?バムやバルーチェスターンでも危なそうなところに近づかないとか、一人きりになる場所に行かないとかすれば特に何もないはずでしょ?そんなの、イランだけじゃなくて、どこでも当たり前のことなんじゃないの?」
「麻薬密輸グループや山賊が危ないのは当たり前で、彼らが強盗や誘拐をしたからといってびっくりしないよ。日本でもヤクザには普通の人は普通、近寄らないでしょ?自分で近づいておいて被害にあったからといって、その国へ行くと絶対に被害に遭うみたいに考えるのかな?」
9.11の際に使われた飛行機に乗り合わせたというような場合はともかく、イラクで捕まった日本人とか、アフガニスタンで捕まった韓国人とか、避けようと思えば避けられることをあえてしたからなんだよなあ、という部分には同意。
「日本では、中学生が小学生を殺して首を切り落としたり、駐車場から突き落としたりという事件があったよね。学校から帰る途中で子供が誘拐されて殺されたりしているんでしょ?母親が自分の子供を殺したり近所の子供を殺したりというのもあると聞いたことがあるよ。そんな風に、犯罪組織でもない人やこどもが簡単に殺人をしてしまう日本の方が怖いと思うんだけど、違うかなあ」
同列に並べられることなのかどうかちょっと悩みますが、でもものすごく考えてしまいました。
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ラマダーンも終わりです。エイデ・フェトルについてはこちらをご参照下さい。
土曜日の予定だったエイドが金曜日に前倒しになるとか、例年一日だけの休みがアラブ諸国などのように三日間になるとか、色々な噂が飛び交ったエイドですが、結局、珍しくカレンダー通りの一日だけのエイドとなりました。
エイドが周辺のアラブ諸国と同じ土曜日になったのは、アラブ連盟にすり寄るためだという噂が何となく信憑性を帯びてくるような気がしてしまうのですが、どうなのでしょうか。
エイデ・フェトルでうきうきとした雰囲気の漂うイランですが、バムで拉致された学生さんはまだ解放されないようですね。情報も錯綜しているようで心配です。イランではあまり報道されていないので、こちらでも詳しいことは分からないのですが。
イランでは報道があまりないので、日本の報道をネットで読んでいたのですが、現地を知らないで書いているんだなあということをしみじみと感じてしまいました。
ほとんどの新聞社が「無法地帯」とケルマーン州のことを表現しているようです。産経新聞に至っては「現地は武装集団が支配して非常に危険」だそうです。私はこれまで何度もケルマーン州、バムを訪れていますが、そんな状態だったとは知りませんでした。日本の新聞がそのように報道していると現地の人が聞いたなら、非常に驚くのではないでしょうか。それではまるで現地では、イラン・イスラーム共和国の法が武装集団の法に取って代わられているかのようです。
パキスタンとの国境州であるバルーチェスターンからケルマーン州にかけては、麻薬の密輸ルートに当たっていて危険なことは確かです。テヘランなどに比べると治安が良いとは言い難いところもあります。でも中央政府を押しのけて、麻薬密売組織がケルマーン州やバルーチェスターン州を支配しているということはありません。確かに、街道の安全を完全に確保できない、という意味ではイラン政府は武装集団(現地の人が言うところの山賊)に負けていることになるのですが。
それでも、昼日中から襲ってくることはあまりないと現地の人は言っていました。もちろん、注意は必要なではありますが。夜は絶対町の外に出ちゃ駄目だ、と言います。
ここ二三年、以前に比べると街道沿いの治安が少し悪くなっているようです。イラン政府が麻薬や武器の取り締まりを厳しくしているからなのか、他に理由があるのかはよく分かりませんが。外国人だから絶対に狙われるというような治安の悪化はありませんが、以前よりは注意深く行動する必要はありそうです。
ケルマーン州やバルーチェスターンに旅行に来ると危険だからやめた方が良いです、とは言いませんが、単独行動や夜間の移動は極力避けることをお勧めします。
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同じテヘラン大学でも、エンゲラーブにある本部と外国語学部は少し距離があるので(物理的に)、全く知りませんでした。大学寮は目の前にあるのですが、今回は寮ではなく大学で起こったことだったようなので、騒ぎが伝わってきませんでした。
恐らく、騒ぎの原因となったのは、先日のコロンビア大学での出来事だったのでしょう。あれで「アメリカの嫌がらせにも毅然と立ち向かう大統領」という大統領像が喧伝され、イラン内外のアメリカを快く思わない人々の支持を集めたというような報道が繰り返されていますから、反大統領派としては行動しないではいられなかったのではないかという感じがします。
実は、日本の土下座外交をずっと見てきた目からすると、他に媚びないイランの独自路線というのは感心してしまう部分ではあります。
しかし、国内に目を向けると、やることなすこと思いつきでやっているとしか思えないような場当たり的なことばかりで、特に経済に関してはもうどうしようもないとしか言えない状態です。
石油利権には手を付けることに失敗し、海外からの投資も大統領閣下自身のイメージの悪さ故になかなか呼び込むことができず、ペルシア湾を挟んだお向かいのドバイの発展を歯がみして見るばかり。安い中国製品や韓国製品が雪崩を打って流れ込み、国内の産業は荒廃し始め、国の機関ばかりが肥大して利権をむさぼり、コネがなければ仕事は見つけられず、大学を出たところで希望もない。
対外的な政治ばかりでなく、本来の公約である内政をどうにかしろ。
外国メディア向けの発言ばかりでなく、国内の、本来自分が目を向けるべき我々を見ろ。
そんなうんざりした気分や閉塞感が国内に流れていることは否定できません。テヘランではそれが無気力感に繋がっている部分があるように感じますが、地方ではもう少し違っているようです。
テヘランでは「どうせ何をしたって無駄さ」と、選挙にも行かず、「怖いよ」と、デモをはじめとする抗議行動を取るわけでもなく、ただ愚痴をこぼし、「いつか外国へ」という夢を見て、という感じなのですが、国境に近い地方ですとちょっと事情が違います。隣国に、イラク、アフガニスタン、パキスタンという国々が並び、ペルシア湾を挟んではアラブ諸国がいてといった場所ですから、少々物騒なグループも活動したり出入りしたりしています。もともと、中央政府が自分たちの住む地方のことを考えていないという不満を持つ地方ですから、反体制的なグループも活動しやすいでしょう。アゼルバイジャン地方でも、中央に対する不満は常にくすぶっているそうです。
まだそれほど大きな動きは伝わっていませんが、こういう人々の不満を上手くすくい上げる勢力が、それがイラン国内のものであれ国外のものであれ、力を伸ばしてきたらどうなるのだろう?という心配をしないではいられません。
テロやクーデターは論外ですが、ハータミー大統領が登場したときのように、投票操作が行えないくらいの人々のパワーをもう一度示せないのかな?それができないくらいに都市の人々はスポイルされてしまったのかな?と、選挙の度にやきもきしています。もちろん、選挙の前に「立候補資格審査」なるものがあって、いわゆる改革派は立候補ができないに等しい情況にはあるので仕方がないのかもしれませんが。
それにしても、「庶民の味方」の大統領はどこへ行ってしまったのでしょうか。
国内経済や治安をしっかりしないと、対外的に強硬な発言を繰り返して「屈しないイラン」をアピールしても、足下からイランという国が崩れてしまうのではないの?と思わずにいられません。
これを書いている間に、バムで日本人旅行者が拉致されたという情報が入ってきました。どこの誰による犯行かは分かりませんが、無事解放されることを願っています。
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そろそろ、エイデ・フェトル(ラマダーン明けの大祭)がいつになるかということが話題になり始めています。
大学では特にこれがいつになるのかが重要になります。
何曜日の授業が休講になるのかというのは、学生にとっても先生方にとっても気になるからです。
カレンダー通りなら土曜日なのですが、例年、エイドはカレンダーよりも一日早まるので金曜日なのではないかという意見が大勢です。
毎年このブログの中で書いていますが、イランは他のアラブ諸国や東南アジアのムスリムが多い国々よりも一日遅くラマダーンが始まり、一日早く終わる傾向が強いです。これも、「イランの独自性」の表れだよね〜などと言っていたのですが、今年はちょっと様子が違います。
まず、ラマダーンの開始が他のアラブ諸国と一緒だったのです。
これまでにもそういうことがなかったわけではないのですが、核問題にイラクやパレスチナ、レバノン、シリアなどに関連した政治的な理由から、今年は「アラブ連盟」にすり寄りたいがために、ラマダーン入りと明けをアラブ諸国に合わせたのだという噂がまことしやかにささやかれています。
更には、イランでは本来エイデ・フェトルの日だけが休日なのですが、今年はエイデ・フェトルの日から三日間が休みになるという噂も流れています。これも、エイデ・フェトル(アラビア語ではイードゥル・フィトゥル)から一週間ほど休みになるのに合わせてのことだとか。もっとも、正式に発表はされていないので土壇場でやっぱりやめた、ということもあり得るのですが、どうなることでしょう。
宗教よりも政治が勝ったんですかねえ、などとひとしきり先生方の間で盛り上がったのですが、結論は、エイドの直前に「月が見えたから、明日がエイデ・フェトルだよ」という発表があるまで分かりません。
そういえば、エイデ・フェトル休みが三日間になる分、正月休みが短くなるという噂もあるのですが、休みを増やすことはあっても減らすことはないだろうから、それはないだろうとも言われています。もしこれが本当だとしたら、ちょっと休みすぎだよ、と言わずにはいられません。
まあ、もっとも、エイデ・フェトルが金曜日になろうと土曜日になろうと、休日が一日だけでも三日間になろうと、私が担当している授業には全く影響がないので、どうでもいいといえばいいのですが、でもやっぱり気になってしまうのでした。
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先日、テレビのニュースを見ていたら、シリアへイランの米を輸出するための契約を結んだ、といったニュースがありました。
あれ?という感じです。
イランはチェロウ・キャバーブをはじめとする料理で米を使うため、イラン旅行された方などはイラン人は米を常食としているように感じるかもしれません。しかし、これは割と近年になってからの傾向で、本来はパンの文化圏でした。薄いパンでなんでもくるくるっと巻いて食べる文化です。米はあったとしても添え物程度だったのだとか。
実際、イランでは米の作付けに向いた土地というのはそれほど多くありませんから、生産量もそれほど多くなく、高価なものだったということです。
しかし、栄養価が高く、満腹感を味わえ、おいしい、とくれば食べたくなるのが人情というもの。次第に米の消費は増えてきます。
商品作物としての価値が高まり、米所として有名なカスピ海沿岸以外にも、川があって耕作ができる土地があれば、どんどんそこを水田にして米を作るようになりました。
しかしそれでも、生産量は全然消費に追いつきません。
現在、イランではタイやパキスタン、ウルグアイなどから米を大量に輸入しています。
イランでは、カスピ海沿岸、特にギーラーン州の米が一番おいしいとして高く評価しています。日本の新潟県南魚沼産コシヒカリのようなものでしょうか。そのため、「ギーラーン米」というのが高値を付けてイラン全国で流通しています。
しかし、実際にはかなり混ぜものがされているのだとか。これも日本各地で流通している南魚沼産コシヒカリが本当に100パーセント信用できるのかどうか怪しいのと一緒です。

とにかく、数年前のデータですが、国内のコメの消費量の半分近くは輸入米だということです。そのくらい、今のイランはコメ輸入大国(?)なのです。
それなのに、どうしてシリアにイランのコメを輸出?と不思議に思うのは当然のことと思います。それも、ギーラーン米を輸出するかのような話しぶりです。なんだそれは?と果てしなく疑問符が浮かびます。
友人などに聞いてみたら、「良い物は外国に、というのはよくあることでしょ」で片付けられてしまいました。「果物でも何でも、イラン国内にはダラジェ・イェク(一級品)は出回らないで、ドバイとかサウジアラビアとか、ヨーロッパに行くようになっていて、イラン人の口には入らないようになっているんだよ」だそうです。
そういえば、何年か前に、友人の友人が、ヨーロッパでイランでは見ないような立派なイラン産のデーツを見たと言っていたことを思い出しました。
果物などは国内での生産量が多いので、そういう輸出をしていても不思議ではないのですが、他国から大量に輸入しているものを輸出するというのはどうなんだろうなあと、ちょっと納得がいかなかったのでした。
写真は私の家にあったコメの袋。
袋にはダラジェ・イェクの100パーセント国産米と書いてある。おもしろいのは、同じ会社の売り出しているお茶は100パーセント輸入葉。コメは国産、紅茶は外国産の方がおいしいということらしい。
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かえる。
一歩歩く毎にかえるがぴょいぴょいと飛び出してきてびっくり。
こんなに沢山のかえるを目にしたのは初めて。
夏前にこのあたりには何度も足を運んでいたけれど、鳴き声を聞いたことがなかったので、こんなに沢山いたのか、君たちは、と。
夜になるとかえるの合唱が聴けるのだろうか。

とんぼ。
赤とんぼやら糸トンボやら、いろいろと。
秋の田んぼにとんぼというのは、なんだか妙に嬉しい感じ。
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「どこへ行くの?」
「Sa’adat Abadの、Khiyabane ‘Allame Tabataba’i-ye Shomali(アッラーメ・タバータバーイー北通り)」
「分かった」
と走り出し、途中までは間違いなく進んでいました。
ところが、運転手の彼は曲がらなければならないところを通り過ぎて行きます。
私は一応注意をしましたが、全く聞きません。
自分が考えていたところと違っていたことに気がついて一言。「どうして言わなかったんだ!」
言ったけど聞き入れなかったのはそっちじゃん。というのは内心の声。とりあえず、正しい道に戻そうと指示をしたのですが全く無視です。
「ここを行けば、正しい道に出るはずだ」
いや、そこも行き止まりだって。というのは内心の声。もう一度、正しい道を教えますがやはり無視です。
ぐるぐると正しい道を探しながら「なんてこった。閉じこめられているぞ」とぶつぶつ呟いています。
いや、私の言うとおりに走ってくれればもうとっくに着いているんだけど、というのはやはり内心の声。
時々こういう運転手がいるのですがどうしてなんだろうなあと不思議です。
私の声が本当に耳に入っていないのか、人に道を教えられるのが嫌なのか、思いこみを修正できないのか、なんだかなあ、と脱力してしまったのでした。
「余計な時間を取ってしまって済みません」と、最後に一言添えてくれたので、そんなに嫌な気分にならずに済みましたが。
今度はその帰りに乗ったタクシーで。
年配の運転手が私を見て、「中国?日本?」
日本人と答えると、今度は、「イランをどう思うね?」
以前にも書いたことがありますが、私はこの質問が大嫌いです。なので、普段なら適当にごまかして答えないのですが、この時は魔が差したのか、ついつい言ってしまいました。「そうだね〜。もう少し交通法規を守ってくれると安心して車に乗れるんだけどね〜」
おじさんは、ぴぴっと反応しました。
「我々が法律を守らないのは政府のせいだ!」
しまった、「政府」が登場してしまった、と思ったのですがもう手遅れです。
「政府は我々に法律を守るということがどういうことかを教えていない。そんな我々が交通法規を守れるわけがないだろう」
いや、それはちょっと違うんじゃないかい、というのは内心の声。
「第一、こんな貧乏な我々が、どうして法律を守るなんてことができるんだ」
そうか?できるだろ?というのは内心の声。
「金の心配をしなければならないのに、どうして法律のことなんか考えられるんだ」
そういうもんかなあ、というのはやはり内心の声。それに私は法律全般のことを言ったんじゃなくて運転についてだけなんだけど。
衣食足りて礼節を知る
確かにそういう考え方もありますが、実際に色々な人と接していると、十分すぎるくらいに衣食足りているはずのニューリッチ階層の人たちの方が、明日のパンを心配しなくてはならない人よりも礼儀がなっていないという現実を目にすることがしばしばあります。
収入が低いことと交通法規を守らないことをイコールで結ぶことができるのかどうか、私にはちょっと分かりませんでした。自分が交通法規を守りたくないがための言い訳にしか聞こえないのは、私が外国人だからなのでしょうか。
「100年経ったって、こんな政府しかないし、国民しかいないんだからイランは良くなるわけないよ」
とおじさんは吐き捨てて、私を下ろして去って行きましたが、なんだか納得がいかないなあと思った一時だったのでした。
良くしようと思わなければ良くならないだろうし、良くしようと思うためには確かに気持ちの余裕が必要であって、満ち足りた生活が必要なのかもしれません。でも、それだけなのかなあ、とちょっと悩んでしまったのでした。
足りないからこそ足りるようにするために良くしたい、という気持ちが生まれることもあるんじゃないのかなあというのは駄目なのでしょうか。一部のイランの人たちのように、「政府が悪い」「自分たちは貧乏だ」と言い続け、何もしないことの言い訳をしているのでは、結局何も変わらないし、イランの人たちの言う「長い歴史と高い文化を持つ国」としての誇りにも泥を塗ることになるのではないかと、もやもやと思ってしまった一日の終わりだったのでした。
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機械が入りにくい小さな田が多いため、田植えも手作業でしたが稲刈りも手作業です。

刈り取られるのを待つばかりの稲。長粒米なので日本の稲穂に比べるとスマート。

川岸に広がる田んぼ。この日はカスピ海側から雲が押し寄せてくる曇り空。夏が終わったことを感じさせてくれる。



これは稲刈り用の鎌。麦などを刈るのとは刃の形が違うのだとのこと。刃の先の方に半円形の出っ張りがあるのが稲刈り用で、麦用はこれがなくて刃の長さも長めなのだとか。


稲を刈り終えた田で取り残しの稲を拾う女性。

こちらでは脱穀中。


まだまだ作業は続くよ。
稲刈りが終わるともう冬は目の前だとか。雨も降り始めるし、雨が雪に変わるのもそんなに遠くないはなしだよとのこと。
今年の米のできはどんななのでしょうか。
新米が市場に出回るのが楽しみです。
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今日はイスラーム・シーア派初代イマーム・アリーの殉教日です。詳しくはこちらをご参照下さい。
日本では連休を増やすために、月曜日が休日になるように祝祭日が移動するようになっているようですが、普段イランで生活しているからかなんだかまだ馴染みません。
イランでは休日に関連しての決まり事(?)は二つあります。
金曜日に祝祭日が重なっても土曜日は振り替え休日になりません。あ〜あ、休日を一日損したな〜というところです。
その代わりではないですが、木曜日が休みになることがあります。
今日のように水曜日が公式な祝祭日に当たっている場合、その次の日である木曜日は小学校から高校まで、学校はお休みです。大学はもともと木曜日は授業がないところがほとんどです。
このイマーム・アリーの殉教日がやって来ると、「ああ、ラマダーンもあと少しで終わるんだなあ」という気分になります。
まあ、断食をしているわけではないのですけど。

二三日前、夜道を家に戻ろうと歩いていると、目の前に赤い大きな月が浮かんでいた。
ちょうど鞄に入っていたカメラを取り出したのだけど、三脚がなかったのでちょっとぶれてしまった。
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新学期が始まる頃、次年度の入学試験願書の配布が始まります。
国立大学の場合、願書に希望大学・学部・学科を記入する欄が100個あります。さすがに100個全部記入する人は少ないようですが、それでも4〜50くらいの記入はするようです。そして、コンクールの成績に従って、希望の中からいくつか合格学科が決まります。
テヘラン大学日本語学科ですと、日本語を第一志望にしていた学生もいますが、多くの学生は英語学科やフランス語、ドイツ語などを第一希望にしていて、日本語を20番目くらいに書いておいたら当たってしまった、というケースのようです。
イランには日本のような偏差値というものがないので、大学や学部の難易度に関する情報が少ないようです。テヘラン大学をはじめとする有名大学や有名学科でしたら、かなりの高得点をしないと入学できないというのは分かりますが、全国的に見た場合、どの大学がどのくらいの位置づけなのか分かりにくいというのは確かなようです。都市部の大学に人気があって、地方の大学には人気がないというのはあるようです。
この大学進学を目指す高校生にとって人生の最難関であるコンクール、受験科目も多くて大変なのですが、採点方法がまた厳しいのだそうです。
普通、日本ですと、正解数が増えれば点数も増えていくはずです。
しかしコンクールでは、不正解があると合計点から不正解一つあたり何点科ずつマイナスされるのだそうです。
日本語能力試験の模擬テストなど、日本で行われているマークシート方式の試験をするときに、学生から「マンフィー(マイナス)はありますか?」と聞かれることがあります。はじめは意味が分からなかったのですが、要するに、不正解をマイナス点とするのかということだったのです。
こういうことを勧めて良いのかどうか分かりませんが、学生には「空欄にしておいたら0点だけど、マークをすればもしかすると当たるかもしれないんだから、正解かな、と思うところに印を付けておきなさいよ」と言います。ところが、分からないところは空欄にしておく学生がほとんどです。どうしてなのかな?と思っていたのですが、コンクールの採点方式が影響していて、間違えた回答をしてマイナスにされたらたまらん、ということだったようです。
コンクールはマークシート方式で、科目数が多いということで、こつこつと平均的に勉強する女性たちに有利になっているようです。女性の進学熱が高まっていることも理由の一つでしょうが。
数年前から、大学進学者の50パーセント以上を女性が占めるようになり、男性たちから大変な不満の声が上がっています。そのため、国会などで女性の進学を制限する動きがあるのだとか。
国立大学には、特別入学枠が設けられているところもあります。
イラン・イラク戦争で戦死した兵士の家族のための「殉教者枠」や負傷者のための「戦傷者枠」、物理オリンピックや数学オリンピックなどの入賞者が優先的に志望大学を選べる「オリンピック枠」などです。
戦争終結から何年も経ちますので、殉教者枠や戦傷者枠はもうほとんどないに等しいのですが、一時期のテヘラン大学は3割近くがこうした枠での入学者で、コンクールに関係なく入学してくるため、コンクールを受けて入学してきた学生たちとの学力格差が大きく、定期試験に通らない学生もいて、それを何とかして卒業させるために先生たちは苦労をしていたという話です。
国立大学の他には、パヤーメ・ヌール大学という国立通信大学があります。全国各地にセンターがあり、20万人くらいの学生が学んでいるそうです。
日本のような形の私立大学はほとんどありませんが、アーザーデ・エスラーミー大学と呼ばれる全国に各地に支部を持つマンモス私立大学があります。全国でこの大学で学ぶ学生は50万人を超えているそうですが、国立大学とは別な入試を行っており、国立大学に合格できなかった学生の受け皿となっているという側面があります。
この他にも小規模な私立大学があるそうですが、こちらについてはちょっと情報が手元にないのでよく分かりません。
国立大学は基本的に授業料は無料ですが、夜間部は学費がかかるそうです。また、私立大学も学費は必要です。しかし、この数年で爆発的に広がっているアーザーデ・エスラーミー大学では、校舎の建設が学生の増加に追いつかず、廊下で授業を行ったり、実験や実習が全く行えない支部もあるとかで、時々、学生が新聞の投書欄などで不満を訴えているのを目にすることがあります。
また、これらの学校・大学とは別に、イスラーム神学校があります。これも近年、大変な勢いで全国に広がっています。
こちらは学費は無料で、イスラーム神学に関係する授業が多数を占めています。イスラームに関心の高い人や、イスラーム法学者を目指す人などが学ぶ場所で、本来は男性のみが在籍する場所なのですが、イスラーム革命後、ホメイニー師の方針もあって女性のための神学校も作られ、各地に広がっています。女子神学校では、イスラームに関心のある女性たちの他、親や夫に大学進学を反対されたけど神学校なら良いと言ってもらえたという女性も多く学んでいます。
教育省に認可を受けている神学校では、卒業者に大卒の資格が与えられ、神学校以外の大学院への進学も可能になっているそうです。
神学校のことをアラビア語では「マドラサ」と言いますが、ペルシア語では「ホウゼイェ・エルミーエ(学問の領域といった意味)」と呼ばれます。ペルシア語で「マドレセ(マドラサのペルシア語訛り)」は学校全体を指します。例えば小学校は「マドレセイェ・エブテダーイー(初等学校の意)」、中学校は「マドレセイェ・ラーフナマーイー」といった具合です。大学は「ダーネシュガー(知識の場といった意味)」。
現在、国会では、大学進学を目指す高校生にとって苦痛の種であるコンクール制度を改革するための法案審議が行われているそうです。
制度の改革、といっても、実際にはコンクール廃止が骨子となっていますので、随分と大胆な改革です。
高校時代の成績表だけで合否を決めるというのが、大学教育にどのような影響を及ぼすのかちょっと想像がつきません。実際に大学で教えている立場からは、改悪でなければいいなあと思うだけです。
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メールを下さった方には申し訳ありませんが、こちらでまとめてお話しさせていただきたいと思います。
また、お返事が少し遅れてしまいましたことも会わせてお詫びいたします。
先日も書きましたとおり、イランの学校では秋分の日に当たる秋の第一日目、メフル月(イラン暦第7月)の最初の日に新年度が始まります。
正確には、この日がある集の最初の土曜日(イランでは土曜日が週のはじめ)から学校が始まっていました。今年はぴったり秋分の日に始まりました。
イランの学校制度は、小学校5年、中学校3年、高校三年、大学進学予備コース1年、大学4年(医学部は5年)となっています。修士課程、博士課程はそれぞれ2年と3年。
このうち、義務教育は小学校の5年間です。6歳から。
とはいえ、都市部ではほとんどの子供が中学校へ進学します。農村部でも最近は小学校だけで教育を終える子供は減っているそうです。農村部では中学校や高校の数が少ないところもあるため、地方の中核都市などには農村部からの子供たちを受け入れる全寮制の中学校や高校が見られます。
義務教育ですから、小学校は基本的に国立の学校がほとんどです。最近は私立の学校もあると聞いていますが、どのくらいの数なのか、手元に統計がないのでよく分かりません。
中学や高校も、家庭の経済状態や教育レベルを勘案して、国立や私立を選ぶようです。
中学や高校への進学に際して日本のような形での入試はありません。ということは、偏差値などもありません。進学する人が多く、教育程度の高い学校という評価を得ている学校もありますが、日本ほど顕著ではないようです。
どのような手続きがあるのかというと、小学校や中学校での成績表などを進学を希望する学校へ提出して、面接をして受け入れられれば終わり、なのだそうです。もちろん、成績表の平均点が何点以上、など基準があるそうなのですが、実際にそれがどのくらいの意味があるのか人によって話が随分と異なるのでちょっとよく分かりません。私自身は子供はいませんし、友人などの話で聞くだけなのですが、イランの学校の試験は、基本的に生徒たちに点数を取らせるための試験だから、その成績を比較してもどうなのかな?という話をよく聞いています。それに、親が「自分の子供の成績がこんなに悪いはずがない」と騒ぐと点数が上がるし、先生が、回答が間違えていると指さしてくれるとか、学校の成績に不信感を持っている人も多いようです。
学費ですが、国立は基本的に無料です。教科書代だけが実費です。学校によっては制服があり、これは生徒の家庭持ちです。また、学校によっては学校で使う光熱費や行事の運営費なども生徒の保護者から徴収するところもあるようです。これは、イランでは予算をできるだけ使わずに残すことが責任者の能力の高さを表すことになるので、学校の責任者(校長ですね)によっては、本来なら予算から支払うべきものも親たちに支払わせてしまうのだとか。親たちにしたら、それを拒否することで子供に不利益が降りかからないようにと心配してしまいますから、支払わざるを得ないのだとのこと。その気持ちはよく分かります。
私立の学校はもちろん学費がかかります。学校によって学費には幅があるようなのですが、少し前に私の大家さんの子供が通っていた私立の高校は、一学期 500万リヤール(6万3千円くらい?)とのことでした。「子供に学費がかかるから」を口実に家賃の値上げをされたのでよく覚えています。
私立学校は、本来、「教育の機会の平等」というイラン・イスラーム革命政府の目標とは相反する存在です。学費を徴収することで、収入の低い家庭の子弟の就学の機会を奪う可能性があるからです。
しかし、実際には、質の高い教育を受けることを望む人たちの希望により、私立の学校は増え続けています。そこでイラン政府も仕方なく「あれは非営利団体なのだ」ということでその存在を認めているのだそうです。
いくつかの私立の学校を見たことがありますが、概して、国立の学校よりも設備投資が進んでいるようです。生徒たちが使うことのできるコンピューターがあって、コンピューター関連の授業を行ったり、大学入試のための特別授業を行ったり、外から講師を招いての特別な授業があったりと様々な工夫が成されているようです。
学校内のクラブ活動というのはあまり聞きません。
また、学校設備の問題もあるのでしょうが、日本のような競技中心の体育の授業はほとんどないですし、実験や実習も日本ほどは行われていないように見えます。
学校行事も日本のような運動会や文化祭、修学旅行のようなものはあまり聞いたことがありません。もちろん、校舎内に生徒たちの描いた絵画を張り出して、保護者たちに見せたり、遠足に行ったりということは行われています。
イランの子供は、帰宅後、何をしているのでしょうか?
都市部で、比較的余裕のある家庭の子供ですと、習い事をしたり、家庭教師を付けたり、予備校へ通ったりするようです。でも、日本のように小学生の頃から学習塾に通っているという子供は少ないように見えます。
イランの小学校は宿題が沢山出ます。宿題には、両親あるいは兄姉が面倒を見てあげることを前提としたものもあって、それを見ていると、イランでは家族の良い関係があることがごく当たり前に考えられているのだなあと思います。
革命前に学齢期だった世代には、学校へ行かなかった人もいました。(革命前の文盲率が50パーセントを切るくらい)
そのため、家庭によっては、子供の勉強を見てあげることができないということもあります。その場合は、近所の親戚の家で勉強したり、あるいは子供が学校へ行き始めることをきっかけに識字教室に通い、子供と一緒に勉強をしたりということもあるそうです。
習い事は、楽器やお習字、英語やアラビア語などの語学、絵画、水泳など様々です。普段は習い事をしていなくても、夏休みの特別教室には通っているという子供もいます。
高校に入学すると、大学に進学するかどうかということが問題になってきます。
イランの入試(コンクールと呼ばれる全国一斉の共通試験)、特に国立大学の入試はかなり大変です。受験学科によって試験科目数は異なりますが、全科目の7〜8教科から最大12教科くらい受験しなければならないこともあるとかで、「もう、信じられないくらい大変」なのだそうです。共通一次(年代がばれますね)でも根を上げた私としては、イランの高校生たちに感心しないではいられません。
大学入試をはじめとする進路を見据え、高校でのコース分けを選択します。人文系、芸術系、数学系、科学系の四つのコースがあり、自分の希望や能力に合わせてコースを選ぶわけですが、やはり、家族が「医者になれ」「弁護士になれ」等々、かなり強く進路決定に関わってくるようで、「家族が勧めた」コースを選んだという子も多いようです。
高校の三年間を終えると、大学進学を希望する生徒は1年間の大学進学予備コースへ進み、大学進学を希望しない人はここで卒業です。高校卒業の資格をディプロムと言い、イランの人たちの様々な発言を聞いていると、就職するには最低限ディプロムを持っていないといけないと見なされているような感じです。
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