ガズヴィーン州に限りませんが、アルボルズ山脈やザグロス山脈にある地方は、他の地方に比べると豊かな水資源を持っています。冬の間に山に積もった雪が溶けて泉や川となって流れ、豊かな緑を育てます。
近年、この豊かな水を使ってあちこちで盛んに行われているのがゲゼラーラー(ニジマス)の養殖です。
もちろん、山沿いでないところでも養殖は行われているのですが、山を流れる冷たい水を使った養殖場のものの方がおいしいとのこと。なぜなら、冷たい水を常に循環させることで身の引き締まったおいしいゲゼラーラーが育つからなのだとか。


イランでは、保険衛生省などが中心になって、イラン人の食生活改善のための取り組みを行っています。
これまでの肉、それも羊など赤い肉中心の食事から、鶏肉などの白い肉、特に魚への転換を図ろうというのです。
とはいえ、高原の国イランでは、魚が豊富に捕れるのはカスピ海やペルシア湾岸沿いの一部地域だけです。そのあたりで捕れた魚を全国に流通させるには、まだ交通機関や冷蔵・冷凍設備が十分とは言えません。
そこで、聖戦農業省の指導の下、各地で農業用の溜め池を兼ねてゲゼラーラーの養殖場が作られるようになったのです。

(こちらは養殖場を作ろうという聖戦農業省の看板。イランのあちこちで似たような看板やポスターが見られる。)
はじめの頃は失敗も多かったそうですが、現在では各地で養殖されたゲゼラーラーがバーザールや鶏肉屋(イランでは鶏肉と魚が同じ店で売られていることが多い)で売られるようになっています。テヘランでは新鮮なゲゼラーラーが食べられるようにと、生きたままのゲゼラーラーが生け簀に入れられて売られている場所も出てきています。
とはいえ、魚の調理方法がほとんど油でべったりなフライばかりなので、もうちょっと調理方法も工夫されるようになると良いのになあとも思ってしまうのです。どの地方のレストランや食堂に行っても、魚料理といえば「ゲゼラーラーのフライ」たまに「ゲゼラーラーのキャバーブ」しかない国というのはちょっと寂しいなあとちょっと残念に思うのです。

(養殖場で生け簀から直接掬ったゲゼラーラーを買う人。テヘラン市内で買うより少し安いらしい)
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こちらがイランのアイスクリーム。カーシャーンのバーゲ・フィーンの中にあるチャイハーネで。
サフラン風味のアイスクリームに生クリームとピスタチオが入っているもの。三色になっているのに、どの部分も同じような味がするのが何とも不思議なのだけど、凍った生クリーム分がぱりぱりとしてして、結構お気に入り。
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こんな日はアイスクリームが恋しくなります。
ということで(?)、最近テヘランのあちこちで見かけるサーティーワン(もどき?本物?)です。

お味はというと、色を見ても分かるように、果実系は結構ケミカルです。チーズはイランでよく食べられているフェタ・チーズの味で、本物の味だなあとは思うのですが何とも微妙です。

お値段もイランの物価から見れば少し高めなので、好みにもよると思いますが、個人的にはイランの伝統的アイスクリームの方が安くておいしいかなあという感じもちょっとしてしまうのでした。
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残留農薬はかなり酷くて、果物や野菜を良く洗わずに食べると具合が悪くなることもあるとかで、野菜・果物専用の洗剤も売られています。確かに農村を回っていると、計量もせず、適当にじゃぶじゃぶと農薬を使っている現場に出会うこともしばしばです。最近は、農業指導によってこうしたことがないように努めているというのですが、まだ徹底はできていないところが悩みの種だと聞きました。
これから盛りを迎えるメロンの一種ハルボゼはマシュハド近郊のものが一番おいしいとされていて、値段も他の産地のものより少し高いそうです。ところが、これが私の友人たちやその家族によるとほとんどが嘘だというのです。テヘランの果物屋のほとんどがマシュハドのハルボゼしか売っていないというのは変だし、本来のマシュハドのハルボゼとは色や味が違うというのです。
こうしたことはもちろんハルボゼ以外の果物でも見られるとか。日本の南魚沼産コシヒカリのようなものでしょうか。
これと同じようによく耳にするのが「砂糖水で作られた蜂蜜」です。
アルダビールやサレインなど、蜂蜜がおいしくて有名な高原はイランに沢山ありますが、こうした場所では蜂蜜の生産量を増やすため、ミツバチに砂糖水を嘗めさせることで蜂蜜を水増ししているのだそうです。「まったく、どこのものでもちゃんと味を見てからじゃないと信用できないね」とのこと。

イランの養蜂は、農家が自宅にミツバチの巣箱を持っていて、農業の傍らで行っていることもありますし、専門の養蜂業者が養蜂箱を持って各地を回って行っていることもあります。各地に遠征している養蜂業者にはエスファハーン出身者が多いと聞いたのですが、もし本当なら、家族と離れてテントで暮らしながら何ヶ月も蜜がたまるのを待たなくてはならないというのは大変だと思います。そのため、手っ取り早く蜜をとることができる砂糖水を使って、ということになってしまうのかも知れません。
それならそれで良いのでしょうが、そのように表示をせずに売られているので買ってみておや?ということになるのだとか。

こういうことも国を問わず起こることなのでしょうが、食べるものに対する信用がどんどんと落ちていくなあと、ちょっとため息が出てしまうのでした。
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これまで、色々な場所を訪れていますがその中でも特に印象に残った場所でした。一面の緑と花畑で美しかったというのもありますが。
まず一つめの村は、地図を頼りに舗装もされていない山道をがたがたと登り、ようやく辿り着いた村でその村までの道の確認を取ると、村の人はあっさりと一言。
「自動車で行ける道はないよ」
村までの道が歩きになることは珍しくないので、どのくらいの道のりかと尋ねると、私たちをしげしげと眺めて、
「あんたたちだと、二時間以上はかかるかな」
とのこと。
迷いましたが、ここは覚悟を決めて歩くしかないだろうということで、本当に人一人が歩くだけの獣道を辿ってひたすら山道を歩いたのでした。

この正面に見える山の向こうに目的の村があるとのこと。
本当にこの先に村があるのかと不安になりながら黙々と歩いていると、正面から馬とロバを連れた若者が歩いてきます。若者に本当にこの先に村があるのかと尋ねると、あるけど、ろばに乗ってあと一時間くらいはかかるとのこと。
テヘランに帰るまでの時間を考えると、今回は諦めた方が良さそうだということで、引き返すことに。次回は村でロバを借りて行かないと駄目だねと、同行の友人と話し合いながら戻ったのでした。
もう一つの村も、近くの村で確認を取ると、「乗用車じゃ無理。ランドローバーじゃないとだめだよ」との返事です。ランドローバーで川を遡り、更に徒歩で 30分くらいだとのこと。こちらは幸い、村の人が車を出してくれ、案内までしてくれたのでなんとかたどり着けたのですが、調査を続けるには、ロバや馬に乗る練習をして、ランドローバーを買わなくては駄目かなあと真剣に考えてしまったのでした。

電気、ガス、水道もなく、電話もない、ちょっとした買い物にも一番近くの村まで徒歩、馬やロバで一時間二時間かかるような村にも人は住んでいて、農業や牧畜に従事しているということがまず驚きでした。ここが自分にとって一番だから、という人もいれば、色々な事情からやむなく住んでいる人もいて、それぞれです。
大変な場所ではあるのですが、そこにも現在は舗装道路が引かれつつあります。町との距離が短くなることでこの美しい光景がどう変わるのか、あるいは変わらないのか分かりませんが、住む人々にとって良い変化となることを願わずにいられません。
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イランというと「沙漠」というイメージなのでしょうが、山間部は降雨量も多いですし、気温もそれほど高くなく、ヨーロッパの高原のような雰囲気のある場所も多いようです。
ということで(?)、イラン高原の春の花々の一部をご紹介してみたいと思います。マクロレンズを使っていないので写真としては今一つなのが残念なのですが。
植物にはそれほど詳しくないので名前も知らないものばかりですが、イランの春の高原の雰囲気を味わっていただけたら幸いです。








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試験中に「先生、この答えであっていますか?」「こういう風に書けば正解ですか?」「この質問の答えはこの部分のことですか?」等々。直球勝負の質問もありますが、とにかくヒントを得るため、あの手この手で試験中に質問をしてきます。
試験問題に誤字脱字があるとか質問の意味が取りにくいということなら、いくらでも質問に答えてあげるのですがそうではない質問がもっぱらなので、どうしてイランの学生はこんなにずるいことをするのだろうと思わずにいられませんでした。
ところが、子どもがいる他の先生によると、小学校からずっとそうしてきているから仕方がないのだとのこと。びっくりです。
イランの学校制度では、小学校の5年間が義務教育となっています。ほとんどが公立で、教科書は国定の教科書一種類のみです。すべての小学生が同じ教科書、同じカリキュラムで勉強するのです。ちなみに、都市部での就学率は100パーセントに近いのですが、地方では80パーセントに達しない地域もまだ残っています。識字率は確か80パーセントくらいだったはずです。
中央による統制の大好きなイランでは、小学校の期末試験も全国一斉に行っているのだとか。(全国ではなく州単位あるいは郡単位だという話も)
全国の小学生が同じ試験の時間割で、同じ試験問題を解くのだとか。本来は、不正が行われないように、自分が普段通っているのではない別の学校へ出向いて試験を受けなければならないのだそうですが、さすがにそこまでしている人はほとんどいないそうです。
ということで、普段机を並べているクラスメートと一緒に、いつも授業をしている先生の監督の下で試験を受けることになり、自然、カンニングも行われやすい情況になるのだとか。更に、教室を監督している先生が、解答用紙をのぞき込み、間違いがあるとそれを指さして「間違えているよ」と指摘してくれるのだとか。
まあ、三択とか四択とかいった問題でなければ、先生の指摘で自分がどこで間違えたのか考えて、正しい答えを導き出すというのも悪くないのかなとも思うのですが、でもそうするとそれが試験と言えるのかどうかというのも悩んでしまうところです。でも、大学では、試験前にどういうところが試験に出やすいのか、試験ではどういうことを質問するのかなど、日本では考えられないくらい親切に説明してあげているんだけどなあと、やっぱりちょっと甘えているだけなんじゃないの?ともやもやとしてしまったりするのでした。
日本では、イランの小学校の先生と同じことをした小学校が問題になっているとか(こちら)。
試験の目的が違うようなので一概には言えませんが、試験に対する考え方がイランと日本では違うということなのかなあとも思ってしまったニュースだったのでした。
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私の実家は酷く揺れたそうですが(震度5強というのがどのくらいのものなのか想像がつかないのですが)、幸いなことに、家族にも家にも問題はなかったそうです。
しかし、先年の地震で家を修理したり立て直したばかりなのにまた被害にあったという方も多いとのことで、どうしてこんなに地震が続くのかと、言っても考えても仕方のないことではあるのですが、ついつい文句の一つも出てしまうところです。
被災地の方にお見舞い申し上げます。
被害に遭われた方が一日も早くお元気になられますように。

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先日ご紹介したアラムートの田んぼの中で見つけた赤とんぼ。
テヘランで見ることはありませんが、カスピ海沿岸などでは見ることができます。
以前、大学の授業の中で「とんぼ」という単語が出てきたのですが、「とんぼ」というペルシア語を知らなかったため、学生に説明するのがとても大変だったことをよく覚えています。結局、ボードにとんぼの絵を描いたらすぐに分かってもらえたので助かりましたが。
カスピ海沿岸やアルボルズ山中の水の多いところでしか見たことがないとんぼですが、絵を描けばすぐに分かってもらえるということは意外とポピュラーなのかな?とも思ったものでした。
古典やテヘランでの日常生活には出てこない昆虫や動物の名前というのは知る機会がないため、その時その時毎に学生たちや友人たち、友人・知人の子どもたちなどから教わっています。確か、やはりテヘランでは見かけることのない「かたつむり」を覚えたのは小学一年生の子どもからでした。覚えたはいいけれど、未だに普通の会話の中で使う機会がないので、覚えたかいがないなあというところです。
イランに来て一番最初に覚え、一番使ったものが、「スースク(=ごきぶり)」だというのは何とも悲しいところです。
でも、いわゆる「甲虫類」はほぼすべて「スースク」という言葉を使うとかで、「スカラベ」「カブトムシ」「クワガタ」「カナブン」など、どれも「スースク」を使うらしいところがちょっと悲しいところです。
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読んでみてびっくりです。
自分で書いておきながら自分で理解できない部分がいくつもあるからです。
これを提出してから二年間、文学からは少し離れて違うことをしていたからといっても、これでは「イラン文学を研究していました」とは言えないだろうと自分に突っ込みを入れたくなってしまったほどでした。
昔々、日本で大学を卒業した際にある先生から言われた言葉を思い出しました。
以前、どこかの大学の卒業式でその大学の学長が贈った言葉だそうです。
細かな部分はあいまいですが、このようなものでした。
大卒ということはそれほど価値のあることではない。それは大学を卒業することのできる知識と能力があるという証明書に過ぎないし、それには賞味期限がある。科学の進むスピードが速い現代においてそれはせいぜい四年ほどだと思う。卒業してからも知識を得るよう努力しなさい。
その当時の私は、これを聞いてなるほどと思ったのでした。思い出してみてもその通りだなあと思います。
「博士号」を持つ自分は偉い存在で、尊敬されるべきと考える人は日本にもイランにもいます。
しかし、自分も博士となってみて分かるのですが、人に威張るほどものすごいものじゃないよなあと思うのです。確かに自分の研究テーマについては研究を通して人よりも精通し、それを論文としてまとめることができたという意味ではそれなりの自信も誇りもあります。でも専門以外のことまで知っているかというと怪しいものです。結局、博士号を取っただけでは、研究者としての一歩目を踏み出すことができたというだけで、ごく狭い分野での専門家に過ぎません。
以前にもちらっとこぼしたことのある日本人講師が、博士であることがすべてであるという人でした。名前に博士を付けて呼んだり書いたりしないと怒るということも不思議でしたが、博士というものに対する考え方も不思議な人でした。
日本語学科では、日本語を教える上で必要な知識やテクニックを向上させるため、定期的に講習会を行っています。講師の中には日本語教育の専門家ではない人もいるため、これはとても大切なことであり、必要なことです。しかし、この人は、「どうして博士である私がそんな講習を受ける必要があるんですか」と、参加を勧める専門の先生に言い放ちました。それを知った私たちはみんな耳を疑いました。「この人の専門はイラン古典文学であって日本語じゃないわけでしょ?どうして博士号を持っていることが、日本語教育を完璧に行える理由になるの?」
イラン人の先生によると、イラン人でもこういう人はいるそうです。
博士になり、職を得るとそれで終わり、とばかりに新たな知識を得ることをサボり、実験もせず、10年一日といった講義をするだけで終わり、という人も多いとか。特にイランでは自分の手を使って何かをすることは立場の低い人間が行うことだという意識がまだ強い人もいるので、学生と一緒に実験や現場での実習を行っている人を変わり者扱いする教授たちも結構いると、知り合いの教授がこぼしていました。日本でもこういった大学教員はいますが、真面目に新たな知識や情報を得ようとしている人を変わり者扱いはしないよなあと、なんだか不思議に思ったものでした。
せっかくの長い夏休み。忙しい忙しいで後回しにしていた本を読んだり、まとめるべきものをまとめたりしてみようと思った次第なのでした。
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偽造パスポートで死刑になることはないだろうという感じがしたので、知り合いの弁護士に確認を取りました。
その結果、偽造パスポートを使用してイランに入国した場合、懲役6ヶ月から2年あるいは罰金(金額は刑期に比例するとのこと)ということでした。もちろん、そこに他の犯罪が加わった場合は、それぞれの犯罪に応じた刑がプラスされていくので死刑になることも有り得るとのことです。
現在、イラクなどに反体制派組織の人たちが潜伏していますが、その人たちが偽造パスポートによってイランに入国したとしても、偽造パスポート使用という罪名だけでは死刑になることはないそうです。
イランではハンムラビ法典ではありませんが、基本的に、自分の犯した罪と同じ重さの刑を受けることになっているそうです。そのため、死刑になるのは殺人や殺人に匹敵すると考えられる罪を犯した場合のみだとか。そう考えると、確かにパスポートの偽造と使用だけでは死刑にはならないはずです。
コメントにもありましたが、イランの裁判は全体的に非常に迅速です。たいていの場合、逮捕から刑の執行まで数ヶ月ほどで、日本からイランに来た当初はびっくりしたものでした。
しかし、迅速であるということは間違いが起こる可能性もあるということで、実際、状況証拠だけで犯人を逮捕するため、誤認逮捕も起こりやすく、刑の執行後に真犯人が見つかったこともあると聞いたことがあります。私の知人にも、ろくな取り調べもないまま逮捕されてしまった人がいて、無実を証明するのに非常に苦労したとのことでした。
それに再審制度がないに等しいため、一審で罪が確定してしまいます。これも間違いがあったときにことを考えると不安になるところです。
イランの司法のあり方も疑問に感じる部分があるのですが、最近の日本のニュースを見ていると、イラン以上に疑問に感じる裁判の結果に出会います。
「覚醒剤を使用していたために正常な運転ができなかった」ことを理由にして、三人もの死傷者を出す事故を起こした人物が減刑をされたというニュースには目を疑ってしまいました。「覚醒剤を使用していた」ということが既に日本では犯罪ではないのでしょうか?どうしてそれが減刑の理由になるのか私には不思議でなりません。
また、飲酒運転をして事故を起こし、三人の子どもを死なせた人物がたった300万円の保釈金で保釈されるというのもなんだか釈然としないものを感じないではいられませんでした。
日本の司法制度は「死んだ人には人権はない」ということなのかな?と思うくらい、加害者に優しい制度になっているように思わずにいられません。光市の事件など、ニュースで読むだけでも気分が悪くなってくるほどなのですが、日本では被害者に人権はないのでしょうか。
人間のすることですから完全な制度などというのはあり得ないのでしょうが、今回のコメントをきっかけに、ちょっと考えさせられてしまったのでした。
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どこかへ涼みに出かけたいのですが、テヘランの場合、なかなか適当な場所がありません。
エスファハーンには、ザーヤンデルードという川があって町の中を通っているため、気軽に涼みに行けるのですが。

ザーヤンデルードにかかる古い橋、ハージュー橋のたもとでデート中のカップル。
日が傾き始めてからのザーヤンデルード川岸と、川にかかるいくつかの古い橋には、エスファハーンの人々が沢山集まってきてとても賑やかです。
川岸に座ったり、橋に腰掛けたり、川でじゃぶじゃぶと水遊びをしたり。
数年前の干ばつの時には川も干上がっていましたが、今年は比較的水量も多くて干上がることはないだろうとのこと。エスファハーンの人々を色々な意味で潤すこの川そのものが、文化遺産なのだと思う夏の日なのでした。
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市バスの他にミニバスと呼ばれる小型バスもテヘラン市内を走っていますが、こちらは男女の区別はありません。見知らぬ男女が隣り合って座ったり、混雑しているときはぎゅうぎゅうとくっついてしまうこともあったりします。
また、サヴァーリーと呼ばれる乗り合いタクシーも、男女を分けていませんし、地下鉄も決して男女の車両が分けられているわけではありません。
町と町を結ぶ長距離バスや国内・国際航空便でも家族でも親戚でもない(ナーマフラム)男女が隣り合って座ることはあります。
結局、男女が厳しく分けられているのは市内バスだけ?という情況だったりします。
しかしこれも、通勤時間帯など男性席が激しく混雑しているときなどは、女性席の方へと男性も入ってきてしまいますし、それを女性側も厳しくとがめることはないようです。
どんな交通機関でも、規則にはなくとも基本的に男性はナーマフラムの女性に触れたりしないように自主的に席を替わったり、男性の多い場所へ移動したりするなど男性が気を遣ってくれる多いですし、女性が「ナーマフラムの男性と一緒に座りたくない」と主張すれば、長距離バスや長距離列車、航空便では乗務員が席を交換してくれます。
乗り合いタクシーの後部座席で男性が女性に挟まれそうになったときなども、男性が一度降りて、女性を先に乗せてから乗るなど気を遣うことも多いですし、女性も同じようにするようです。
もちろん、中には男女が混在した場所でこれ幸いと女性に対して痴漢を働く男性もいますし、どう見ても結婚していないカップルがいちゃいちゃとしていることもあり、「厳格なイスラーム国家」という看板はいずこへ?と突っ込みたくなるシーンにも出くわすのですが、まあ、これはこれで人間らしいというか何というか、というところでしょうか。
あまりに厳密に男女を分けすぎるのも不健全な感じがするのですが、でもやはり、「人の心は弱く、誘惑に負けて悪い方へと引き寄せられてしまうから」そうならないように予防策として男女を分けるという考え方そのものは理解できないでもありません。やりすぎてお互いを理解できなくしてしまったり、それを悪利用されてしまうのはどうかと思いますが。
イスラームの預言者ムハンマドが言ったとされる言葉に、「ヘジャーブはあなたの目の中にある」というものがあります。ヘジャーブ(イスラーム法の規定に従った服装)を纏うことが正しいことなのではなく、男性でも女性でも、相手を見るときに欲望を持たずに相手に敬意を払ってふるまうこと、つまり人としての精神がヘジャーブを纏っていることがムスリムとして正しい行為なのだ、ということを表した言葉だと習いました。これはムスリムでなくとも参考になる言葉なのではないだろうかと、友人からこの言葉を教えてもらったときに思ったものでした。
男性たちによると、「痴漢に間違われたら大変だから」というのもあるようですが、テヘランをはじめとする都市部の男性は家の外では割とフェミニストなように見えます。これを世界中が「イスラームが支配する厳格な国」であり、「女性が家に閉じこめられ、虐げられている社会」と見ているんだから面白いなあと思うこともあったりするのです。もちろん、そういう面もないとは言えないのですが。
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もちろんテレビは持っていますが、ニュースチャンネルを時計代わりにつけているくらいで、日によってはテレビを全くつけない日もあるくらいです。
これは日本にいるときからそうで、日本でもニュースやドキュメンタリーのような番組を見るくらいで、テレビよりは本を読む方が好き、という生活でした。
日本でもイランでもほぼ全く見ないものの筆頭がドラマです。どうして?と聞かれると困るのですが、好きではないのです。
さして興味もないし見ないため、誰かと話していてドラマの話題を出されるのが一番困ります。イランに来たばかりの頃は「おしん」「はにこ(はねこんま)」のことばかり聞かれ、困るやらうんざりするやらでした。日本人だからといって日本のドラマを必ず見ているわけじゃないし、それどころかドラマが嫌いという人もいるんだけどなあと、こうした話題を振られることを迷惑に思ったものでした。
この数年は、日本のドラマはイランでは放映されなかったかされてもヒットしなかったかで、イランの人と話していてもドラマの話題を振られることはなかったのですが、昨年あたりから少し状況が変わってきました。
日本でもヒットしたと言われている韓国のドラマ「チャングムの誓い」が「やんぐん」という名でイランでも放映され、イランの人たちの心を掴んでいるからです。このドラマの放送時間帯になると、外を歩いている人が減ると言われているとか。
私はほとんど見ないとはいえ、他の人がドラマを見ることに関しては別に何とも思っていませんし、それが会話のきっかけになるのならドラマの話にもおつきあいします。しかし、この「やんぐん」に関しては、「おしん」と同じくらい困るというか、やめてほしいなあと思う瞬間があったりします。
こちらが東洋系だとみると、話題はとにかく「やんぐん」です。初対面に近い相手に対して一番手軽な話題だというのは分かるのですが、見てもいないドラマの話を熱烈にされたり、感想を求められても困るというものです。ドラマがどれほど面白いかを話すことに夢中になるあまり、こちらの「見てない」という言葉を無視してくれる人もいたりして、なんとも参ってしまいます。「日本人なのにどうしてみていないの」に対しては、ついつい「余計なお世話」と言い返したくなってしまいます。単純に私がひねくれ者なだけなのでしょうが。
それから何よりもなんだかなあと思うのが、「やんぐん」を日本のドラマだと思っている人が意外と多いということです。これが日本語学科の学生にも意外といるので、こらこらという感じです。
ある日本語学科の先生が言った「ドラマの最中にずっと、『このドラマは韓国のものです』と字幕を流しておいて欲しいですよね」という言葉に、思い切り頷いてしまったのでした。
「おしん」もそうですが、虐げられたヒロインがそれにも負けずがんばり、成功を収めるという物語がイラン人の心を掴むのかなあと、これまでに放映された他の韓国のどのドラマよりもヒットしている理由を考察してみる、今日この頃だったりするのです。
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