なんとなく不安です。
ともかく、新しいパスポートに古いパスポートにあるビザなどを引っ越しさせなくてはならないため、ビザオフィスへと出かけてきました。
ビザオフィスに提出するための書類をそろえる段階でも色々と大変な目にあいましたが、とどめはやはりビザオフィスでした。
「こっちのビザをこっちに移してほしいんですけど」
「あ、そう」
オフィスの職員は無造作に新旧のパスポートを受け取ったかと思うと、ばちんばちんと二冊を大きなホッチキスでとめてしまいました。
思わずあっけにとられ、文句を言う隙もありませんでした。
ということで、作りたてのパスポートにしっかりとホッチキスの穴が開けられてしまったのでした。
この穴はICページではないし、「パスポートの破損」にはあたらないよなあと、ちょっと心配になってしまったのでした。
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予期しない出費の筆頭が「パスポートの更新」でした。どうして「予期しない」だったのかというと、「うっかりしてパスポートを洗濯してしまった」からなのです。使用不能になってしまったパスポートを持って、泣く泣く在テヘラン日本大使館へ。自業自得なのですが。
それにしてもびっくりしたのは、今は大使館でもICパスポートが発行されているということでした。前回更新したときは、写真が印刷ではなく張り込まれた機械処理のできないパスポートだったことを考えると、一気に進歩したなあという感じです。
進歩に伴ってお値段も進歩していて91万7千リヤール(約99ドル)という、一週間から十日は生活できそうな金額が一気に飛んでいったのでした。自業自得なのですけど。
大使館で旅行者などへの注意が書かれたファイルをなにげにめくっていたら、イランの偽警官に関する注意が目に留まりました。
テヘランの旅行者など外国人を狙った偽警官の被害は、おもしろいことにイランの年末に当たるこの時期に増えるようです。年末年始に必要なお金をこれで稼ごうということなのか、それともこの時期に個人旅行客が増えるからなのかはよく分かりませんが、長く住んでいると妙に季節感のあるニュースです。
警察官のふりをして観光客などに近づき、荷物チェックをするふりをして現金などを抜き取るというのがその手口なのですが、私はお金を持っているように見えないのか、まだ偽警官に出会ったことはありません。出会わなくても良いのですが。
私の知り合いは、何年か前に偽警官に出会っています。
「お、外国人観光客だ」と、突然思いついたのか、私服のまま「警察だけど」と近づいてきて『運転免許書』をあたかも警察の身分証明書であるかのように見せながら接近してきたというのですが、イランに毎年のようにやって来てイランの事情に通じていて、ペルシア語も堪能な彼らは「わ〜〜〜い、偽警官だ〜」と大喜びです。偽警官の写真を撮ろうとカメラを向けたところ、慌てて逃げ出してしまったそうです。友人は「惜しいことをした」と悔やんでいましたが、この程度の偽装でも、ペルシア語が読めない人たちには有効なのでしょう。
と書いていて思い出しましたが、私は偽警官には会ったことはありませんが、小遣い稼ぎをする本物の警官にからまれたことはありました。
テヘラン市内で乗り合いタクシーに乗っていたところ、いきなりパトカーが近づいていてタクシーを止め、乗客であった私たちにパスポートの提示を求めてきました。テヘラン市内はパスポートを持っていなくとも問題ないということは警察などから直接聞いていたため、「どうしてそんなことを言うのか」「もし問題があるのなら大使館で聞く」「どうしてもパスポートが見たいのならアパートまで一緒に来てくれ」等々、精一杯反論をしたのですが一切聞く耳を持ちません。そういえばと「私たちにだけパスポートの提示を求めるのは変でしょう。あなたが本物の警官かどうかも分からないのに。あなたも身分証明書を見せてよ」と言い返してみたところ、そそくさと逃げて行ってしまいました。
運転手もこんなことは初めてだと言っていましたし、その後友人などにこのことを話したところ、やはりそれは小遣いが欲しかっただけで普通のことではないとの判断でした。
テヘランでは警官、軍人などの制服、階級章などはバーザールで簡単に手に入ります。そのため、こうした制服を利用した偽警官が簡単に登場できるのです。そして、上でもお話ししたとおり、ペルシア語の読めない人に運転免許書でも何でもそれらしいものを見せれば十分に警官に見えてしまいます。
私が聞いている限り、偽警官が出やすいのは西暦の2〜3月にかけての金曜日のようです。人出が少ない金曜日に、人の少ない、あるいはほとんどいないところを歩いている外国人を狙う傾向があるようです。
警官が街中で「麻薬のチェックをしている」「パスポートを見せろ」など色々な口実を付けて「荷物のチェックをさせろ」と言ってきた場合、かなりの確率で偽警官です。私が出会ったケースのように警官だけは本物の場合もありますが、行動が偽物です。
「ここでは嫌だ」「ホテルで見せる」「大使館に連絡を取りたい」「警察署へ行って見せる」など何でもいいので大きな声で言い張ってみてください。とにかく人のいるところへ移動するか、通りがかりの人に助けを求めるなどすると、英語が話せたり日本語が話せたりする人がいたり、誰かしら助けてくれる人がいます。間違えても彼らのパトカー(に見える自動車)あるいは自動車に乗り込むことはしないでください。
まあ、人気のない場所に近づかないのが一番なのですが。
これからイランを旅行しようという方がいらっしゃいましたら、偽警官にはご注意下さい。あるいは、お金は細かく分けて身につけ、万が一、偽警官に出会っても被害が少なくて済むよう気をつけてください。
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そのためでしょうか、どうやら杉の花粉が飛び始めているようです。
風邪気味だったこともあり、なかなか治まらないくしゃみと鼻水が花粉症のせいなのか風邪のせいなのか判断ができずにいましたが、先日、地方で仕事をしていて花粉症だと断言するに至りました。
杉の植林がされたところではくしゃみや鼻水が止まらなくなり、目や耳まで痒くなるという状態で、持参したティッシュを使い切り、ボックスのティッシュを抱えての移動という情けない姿となってしまいました。
この冬は、秋の終わりから冬の初めにかけて雨や雪が降り、気温も随分と下がっていたことから降水量の多い冬になるのではないかと期待されていました。ところが、アルボルズの山々が雪に覆われたかな、という頃になって雪も雨も降らなくなってしまい、寒さだけが残る冬に。このままでは夏を越すことができないのではないかと心配されるほどになっています。
先日訪れた村々でも、「このままでは干ばつになる」と心配する声が聞かれました。
イランの水資源は危機的状況にあります。このままでは水が数年以内に枯渇してしまうという意見もあるそうです。
生活や農作業、消費者の嗜好の変化に伴い、以前はカナートなどで自然に近い形で引いていた水では足りなくなり、30メートル、時にはそれ以上にもなる深さの井戸を掘り、水を強引に汲み出し、大量に消費するようになっています。
春に向けて農作業が本格化している村の人たちの心配が解消されるよう、これからでも良いので雨雪が山に降ってくれるよう願わずにいられません。
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これに関して色々な方からメールやコメントをいただいていますが、残念ながら、私自身はこれに関してお返事をするだけの材料を持っておりません。済みません。
日本の報道もイランでの報道も精査しなくてはならない一種の偏向が存在しているにもかかわらず、今の私にはそれをするだけの時間がないからです。なので、どうしても、私はこう考える/感じるんだけど、ということしか言えません。
個人的には大統領閣下のやることなすこと子供じみていてなんだかなあと思っていますし、国民の生活よりも自分自身のいわゆる「神への信仰」の方が大切なのだとしたらそんなの閣下が批判する「神のお告げ」で他国への侵略を行った某国の大統領と一緒じゃん、と言いたいところです。言っていますけど。
しかし、こういう大統領を選んだのはイラン人自身の責任であるというのも厳然たる事実であり、何とももどかしいところです。実際、投票率を下げたことによって組織票を持つ人物を大統領という地位に押し上げてしまったというのは、「政治に関心がない」という一言で済ませて良い問題なのかと思います。投票をしなかった人には政治に文句を言う権利はないと厳しく両親から教えられ、実践しようと努力中の身としてはなんとももどかしい気持ちなのですが、そうとしか言えないなあと思うのです。
もちろん、私が感じるようなことはイラン人自身ちゃんと分かっているのだと思います。その結果が、先日の選挙での大統領閣下グループの敗北なのでしょうから。
アメリカがイランを攻撃するのかしないのか、あるいは何月何日に攻撃を行うのか、アメリカ大統領ならぬ身としてはなんとも言えませんし、そうならないことを願うとしか言えません。
最近のイランの新聞などを読むと、政治の実権を握る人々(実際に誰なのかはうかがい知れませんが)が大統領閣下の「強硬のみ路線」を危惧してか、大統領批判とも取れる記事が見られるようになってきています。何かが変わる前兆なのかな?とも思うのですがどうなのでしょうか。そうなって欲しいと思うのですが。
ところで、先週、何日か日本の外務省のページにイランのアクセスブロックがかかっていました。制裁に関連してのことなのかどうかは分かりませんが、ちょっとびっくりしてしまったのでした。まあ、日本の食材を取り扱っているサイトや文房具店のサイトにもブロックがかかっていたりするので、たまたま何かのキーワードが引っかかっただけで、イラン政府が意図としたことなのかどうかは分かりませんが、ちょっとどきっとした一瞬でした。
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頭の上にかろうじて乗っているだけのシャール(細長いスカーフの一種)の後ろから盛大に髪を見せ、身体のラインを隠すためのコートはかろうじてお尻を隠す程度。アメリカ文化の象徴の一つであるジーンズをはき、携帯電話をチェックする。
ヘジャーブ規定への挑戦!という感じです。
大統領閣下が当選した暁にはこうした女性たちは取り締まりの対象になるのではないかと思われていましたが、実質的には何の取り締まりも行われていないため、女性たちの服装は日に日に華やかになっている感じです。
大学でさえこういった服装の女の子が増えています。
少し前までは「乱れた」服装をしている学生を構内に入れなかった大学も、女の子たちのパワーには勝てないんだなあと、昔(?)大学の警備員と何度か言い合いになった私は、なんだかしみじみと時間の流れを感じてしまうのでした。
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すると、社会面にこんな記事が。

イラン内務省主催で、新しいおしゃれなチャードルをアピールするためのファッションショーが行われたというものでした。
ここ数年、「これがヘジャーブ(イスラミック・ドレスコード)?」と言いたくなるような服装の女性たちが目立つテヘランで、なんとかそうした女性たちにチャードルを着せようということなのでしょうが、ファッションショーに出席した人たちの反応は今一つだったようです。
チャードルは単に黒い布を頭からすっぽりとかぶっているだけのように見えますが、それでも仕立て方や布の材質など、その年その年でちゃんと流行はあります。
それを、「これが政府一押しのチャードルです」と言ったところで、女性たちが受け入れるかどうか。
保守層が何とかしたいと思っているのであろうヘジャーブへの挑戦と言わんばかりの挑発的な服装の女性たちはそもそも、チャードルを着たいとも思っていないでしょうから、このようなファッションショーをしたところで見向きもしないでしょう。
そして保守層は「おしゃれに関心を向けるなどけしからん」と、チャードルをおしゃれにすること自体に反発をするでしょう。
なんというか、偉い人たちの考える事というのは中途半端というかピントがずれているような感じがしたのでした。
個人的には、チャードルをすっきりと着こなしている女性はきれいだなあとは思うのですが、仕事向きではないのでもう少し活動しやすいデザインにならないかなあとは確かに感じないではいられません。
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イランは一種の猫天国です。
人間にいじめられることもありますが、家の窓やベランダで餌を与える人も意外といて、毎日残飯の入ったゴミが外に出されるため餌にはそれほど困りません。
ただ、外で見かけた猫の写真を撮ろうとすると、ゴミが一緒に移ってしまうのが悩みの種。
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学生から先生へ、家族や親戚の間で、そしてもちろん恋人へ。
これを西欧かぶれと見る人もいれば、「別にいいじゃん、そのくらい」という人もいるようです。
バレンタインを口実に楽しんでいるだけと言えばまあそうなのですけど、日本のクリスマスの現状を知っているだけに少々複雑な気持ちになってしまうのは否めません。なにせ、バレンタイン前後のちょっと雰囲気の良いレストランなどはカップルが一杯で、「男女七歳にして席を同じくせず」ではなかったのか?と、思わず突っ込みを入れてしまいたくなるほどですなのですから。
でもまあ、好きな人とは一緒にいたいというのはごく普通の気持ちでしょうし、それをあれこれ規制しようとする方が不自然なのでしょう。何も知らないまま結婚して、「こんなはずじゃなかった」と言い続けるよりは、こういう方が良いのかもという気もします。

テヘランのこういう光景を見ていると、日本の新聞などで枕詞のように見られる「厳格なイスラム国」「イスラム原理主義国」というのはどこの国の話なのだろうと思わずにいられないのです。
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テヘランに限らずイランを歩いていると、とにかくスローガンが目に付きます。
学校を囲む塀には必ず勉学を称揚するコーランなどの言葉が山のように書かれていたりしますし、「礼拝は天国への鍵」とか「サダカはあなたを災いから救う」とか、とにかくうるさいくらいに有り難いお言葉が溢れています。
壁や塀に書いたり、看板を立てたりだけでは足りなくて、最近では写真のように立体交差の橋脚にまで一本一本コーランの言葉などが書かれていてなかなか壮観です。
確かに、開いているスペースを有効活用するという意味では分からなくもないですが、しかし、こんな所に書かれている言葉を読む人などいるのかなあというのは少々疑問です。
どうしてこんなにあちこちにスローガンを掲げるのだろうかという私の素朴な疑問に、ある人曰く。「そんなの決まっているじゃない。その位しつこくやらないと、だれも、礼拝なんかしないし、自分がムスリムだって事を忘れちゃうのよ」だそうです。「それよりも、なんだか見場が悪くて嫌よね」との言葉に思わず笑ってしまいました。
それにしても、私としては、スローガンがびっしりと書かれていることよりも、こんな細い橋脚で大丈夫なのだろうか?渋滞が酷いときに地震が起こったら大丈夫なのだろうかと、そちらの方が心配でならないのでした。
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オフィスの片隅に黄色いゴミ箱が据え付けてあるのがなんだか気になりました。
別なオフィスへまた行くと、また黄色いゴミ箱が。
ある中学校へ行ってもまた黄色いゴミ箱が。

気になって仕方がなかったので、ゴミ箱の近くに座っていたのを幸いにじっくり観察してみました。
すると、なんと、紙専用のゴミ箱でした。
テヘランをはじめとする他の町では見たことがありませんし、ガズヴィーン市のマークが入っているところを見るとガズヴィーン市だけでの取り組みなのかもしれませんが、良いことだなあと思いました。
イランはゴミの分別収集を行っていないため、生ゴミだろうが紙ゴミだろうが金属、プラスチック、すべて一緒に集め、町の外へ運んで捨ててそれで終わりです。
日本ほど神経質になるのもどうかと思うところですが、イランのような捨て方はいくら使えない土地が沢山あるからといっても、環境を汚染することになるだろうと気になって仕方ありませんでした。
紙ゴミだけを集めてどのように処理をするのかは聞けませんでしたが、資源の有効利用に繋がると良いなあと思ったのでした。
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今日はイラン・イスラーム共和国革命記念日です。
28年前の今日、パフラヴィー王朝が完全に崩壊したということでこの日が革命記念日と定められたのだそうです。
革命の流れなどは一つ一つ追っていくとこのブログがそれだけで一杯になるほど複雑なのですが、日本語でいくつか出版されている本がありますので興味のある方はそちらをご参照下さい。
28年前の革命当時、まだ小学生だった(年齢がばれますね)私は、歴史の中の言葉のように感じていた「革命」が起こっているということにどきどきとしながらテレビを見ていたことを覚えています。
このイラン・イスラーム革命ですが、20世紀における三大革命と言う研究者もいますが、そうではなくて単なる政権交代に過ぎないという研究者もいます。私にはそのあたりを判断することはできないのですが、あちこち出かけるうちに現政権が前政権の様々な政策を引き継ぎ、あるいは継続していたことは十分に理解でき、確かに政権交代に過ぎないという言い方も分かるなあとも感じます。
農村の保健医療ネットワークや教育など、多くの分野で現体制は前体制の計画を引き継いでいるのは事実です。
「被抑圧者の解放」ということをスローガンの一つに掲げる革命政権ですが、現大統領閣下にとっての「被抑圧者」とはパレスチナのアラブ人やレバノンのシーア派であって、自国内で困っている人はどうでも良いのかなあ?と首を傾げずにいられません。イデオロギーのために国民を困難にさらすことが為政者として正しいことなのかどうか、革命記念日に際して、大統領閣下にはぜひ明確にしていただきたいと思います。
とは言っても、先日も「国内に何の困難も感じない」と笑顔で言い切った人ですので、期待はあまりできないようにも思われるのが頭の痛いところです。物価の高騰に悲鳴を上げるイラン国民は、彼にとって「困難」ではないのでしょうか。それとも何か劇的に国内の様々な問題を解決するための策を持っているのでしょうか。イデオロギーとの心中だけはやめて欲しいと願わずにいられません。
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こちらはおみやげを渡してお別れの挨拶をして帰るつもりだったのですが、そこはイランですからこちらの思惑通りには進みません。
スケジュールの最後にいくつかキャンセルが出てしまったことに対してお詫びを述べたところまでは普通だったのですが、そこからが大変です。どうしてキャンセルせざるを得なかったのかという理由、それからこちらにも問題があったという論理のすり替え(というほどのものでもないかもしれませんが)、そこから学問上の問題へと話が流れるように進み、会談を打ち切るきっかけを与えてくれません。
気がつくと二時間以上経っています。
さすがにこれでは帰るのが遅くなってしまうと、かなり強引に話題を転換し、会談を終えたのですが、ぐったりでした。
まあ、こういうのは良くあることですし、それなりにおもしろいのですが、それでも一方的に話を聞かされるのは大変です。もうろうとする意識をその場につなぎ止めるのに全力を傾けなくてはならない場合もあったりするほどで、相づちを打つのがやっとで、相手が何を言っているのかを考えることも難しくなってしまいます。
イランで生活していてしみじみ感じるのが、イラン人のおしゃべりのすごさです。
次から次へと言葉を繰り出し、相手に口をはさむ隙をなかなか与えない。相手が話をしているときでも次に自分が何を言うかを考えていて、言葉を挟む隙ができるとすぐさま会話を乗っ取ってしまう。
つまり、相手の話に基づいて議論を組み立ているわけではないので議論がかみ合わないのです。
日常生活の他愛もない話から学問や政治などの高いレベルでの話まで、こんな調子だったりするように思います。「お願いだから最後まで聞いてちょうだい」と言わなくてはならないことも多いです。
日常会話ではそれほどでもありませんが、相手を言い負かすためだけの理屈(屁理屈)も多く、「さっきと言っていることが違うじゃん!」と突っ込みたくなることも。ディベートにならないんだよなあとがっくりしてしまいます。
日本語学科で教えていて時々、日本語は上手なんだけど、会話になっていないなあと感じることがあります。
自分が主体となって何かを話すことは上手にできても、相手の質問や話に応じて話題を展開するというのが苦手なのです。
もちろんこれは学生だけではなく、色々な人にインタビューなどをしていても感じることです。
こちらの質問に答えるのではなく、自分にとって話したいことだけを話す人が随分といるのです。そうじゃなくって、これについて答えて欲しいんだけどと何度も同じ質問を繰り返さなくてはならないこともあったりします。
原稿もなしに、その場で一つの話題を深めたりあれこれと展開していったりして何分、何十分と話すことができるというのはものすごい能力だと思います。それも話すのが仕事である政治家のような職に就いているの人たちだけではなく、町や村で働いている普通の人ですらそうなのですからびっくりです。
イランは言葉の国なんだなあと実感するのはこんな時です。「雄弁」というのが教養の一つとして見なされている国は違うなあと、本当に感心してしまうのです。
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先日ご紹介したナフルという一種の山車を管理しているのが村のホセイニーエ(ロウゼやタアズィーエを行ったり、説教を行ったりとアーシュラー関連の行事を行う施設)です。ホセイニーエは有志による管理委員会のような組織があって、宗教的な行事を行ったり、施設の管理を行ったりしています。
そしてアーシュラーが始まると、当然アーシュラー関連の行事を執り行うのです。
ナフルを保管している倉庫を開けて、男たちが村の中を担いで練り歩くというのは毎年行われている村のアーシュラーのクライマックスです。当然、事前に打ち合わせ成り何な理が行われているのかと思いきや、ナフルを保管庫から出してからようやく、委員のおじさんたちが顔をつきあわせてさあこれからどうしようかと相談です。
「お〜〜〜い。始まってから相談かい?」と突っ込みを入れてしまいたくなりました。
でも、特に慌てた風でもなく、のんびりと相談しながら事を進める光景に、何ともイランらしさを感じてしまったのでした。
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それがどうと言うことのない場所なら不思議ではないのですが、それがとても有名な観光地であったり、一度は訪れているだろうと思われるような博物館だったりすると自分でも不思議ですし、人からも「どうして?」と不思議がられてしまうのですが、そういうことは意外とあるのではないでしょうか。
私にとってその筆頭が、エスファハーン州にあるアビヤーネという村でした。
観光ガイドには必ず載っているこの村は、赤土の素朴な家と派手な花柄のスカーフをはじめとする独特の衣装を着た女性たちで有名です。
一度くらいは行ってみたいかな〜などと思いながらも行きそびれていて、こうなったらネタにするために行かずにおこうかと周囲の人たちと笑っていたのですが、とうとう、訪問の機会がやってきたのでした。
それもアーシュラーというイランでの一大イベントの日にです。
とは言っても小さな村ですし、ものすごく宗教的というわけでもないそうですからそれほど盛大な行事ではないようなのですが、この村らしい独特なものがあるから一度くらいは見た方が良いよというイラン人写真家の薦めにより、アーシュラーの前日と当日の一泊二日を村で過ごしたのでした。
テヘランとは比べものにならないきれいな空気と、観光客が多いとはいえ赤い土壁の家が建ち並ぶ村の様子は確かに一度は訪れる価値がありました。もっとも、民族衣装を着た女性たちは完全に観光客向けになっていたのがちょっと残念でしたが。

写真は村の広場(?)に集合した、ダステ(行列)と、ナフルと呼ばれる一種の山車。
鎖で身体を打ちながら村を練り歩くダステと、村人が寄進した銀の装身具や紙幣が止め付けられたナフルは別々のルートをたどってきてここで集合。写真が撮りたくてうろうろしていたら、屋根の上で見物をしていた村の女性が手招きしてくれて、屋根の上に上げてくれた。
余談ですが、アビヤーネに入る前の夜はナタンズに泊まっていました。それを知った知人たちの間では、「彼女はナタンズに核関連施設の取材に行ったらしい」ということになっていたとのこと。まったりと休んでいただけだったのですが、普段の行動がそう思わせるのだろうかと、ちょっと考えてしまったのでした。
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エスファハーンやマシュハドなどの大きな町ですとホテルからネットに接続ができるのですが、今回はどこも小さな町ばかりで、宿の設備は革命前のままで部屋から電話もできない状態でした。
必然的にネット接続どころではなく、どの宿でも、たとえフロントからでも外線へはフリーに接続はさせられないとのこと。それじゃあネットカフェでもと思っても、イランの地方の町の宿というのは不思議と町外れにあって、ネットカフェまでタクシーを雇わなければ行けないような状態です。
ということで、ブログの更新どころかメールのチェックすらできず、急ぎのメールが入っていたらどうしようとはらはらでした。
このところ、テヘランを離れるにしても行き先が州都レベルの大きな町ばかりだったので色々なことをついうっかり当たり前にしていたのですが、やはりイランでは、テヘランという町が特殊なのだということを再認識した旅行でした。
そのテヘランでさえ、インターネットはこんな情況です。

ADSLがたったの10万リヤール(大体11ドル半くらい)と書かれているのですが、それにしてもなんだか回線スピードの単位が違っているような気がしてなりません。いや、日本のADSLのスピードを正確に把握しているわけではないのですが、それでも、「キロバイト」ではないことだけは知っています。
政府がネットへの接続の高速化を好んでいないことから、これ以上の回線の高速化はないのではないかという話を聞きましたがどうなのでしょう。
旅行そのものについてはまた後日ご報告いたします。
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