以前、お話ししたことがある干支ですが、これについてももう少し知りたいという方がいらっしゃいましたので、今回は干支の話から。
一年に一つの動物を割り当て、12年で一周させるという干支の概念がイランに入ってきたのは、モンゴル人がイランを占領していた13世紀以後のことだそうです。
十二支の順番は日本で使われている干支と同じですが、「辰」が「鰐」に変わっているところが違っています。イランにも「竜」を表す単語はありますし、物語などに竜は登場しますが、イランでは西洋のように竜は人間に退治される存在であり、悪を象徴するために避けられたのかな?と思われます。
日本でも、「丙午に生まれた女性は〜」など、干支によってその年の吉凶を占ったり、その年に生まれた人の性質をあれこれ言ったりしますが、イランでもそういうことは行われていたようです。今はあまり聞きませんが、お年寄りなどに聞いてみるとそういう言い方もしていたとのことです。
悪いことが起こる年と見なされていたのが、ネズミやヒョウ、ヘビの年だそうです。
良いことが起こる年と見なされていたのが、羊や牛の年だそう。
例えば、ヘビの年は厳しく、困難に満ちた年であり、支配者が圧政を行い、民が苦しむ年なのだそうです。そのため、人々はこの一年、大変な苦労をして、ヘビのように自分の皮を脱ぎ捨てることになるだろうというのだそうです。
また、ネズミの年には、盗人が多くなり、策略や欺瞞、偽善が広まるそうです。
イノシシの年には、道徳的な堕落が広まり、家族の間には対立が起こると言われていたそうです。
逆に、未の年と丑の年には良いことが多く、水が豊富なために豊作となると考えられていたそうです。
戌年がどんな年になるのか、うっかり聞き損ね、調べ損ねてしまったのですが、良い年になることを願っています。
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しかしながら、私自身、昨年おおざっぱに説明はしたとはいえ、分かっているような分かっていないような部分もあって、どうしたものかと困ってしまいました。そこでちょうど家にあった、イランで出版されたノウルーズに関する概説書から、ノウルーズのハフト・スィーンのソフレについて書かれた部分を翻訳してみました。
年が明ける時にノウルーズのハーン(=お盆 ※1)あるいはソフレ(=食布 ※2)を広げることと、七種類の色々な食べ物を選んでソフレに並べることは、ノウルーズの特別な慣習の一つである。
これは↑お盆に入ったハフト・スィーン
こちら↑はソフレの上に置かれたハフト・スィーン
ダメシュキーはサーサーン朝時代(A.D.262-651年)のノウルーズの慣習について次のように書いている。
「ノウルーズの夜明けに、一人が銀のお盆を持って王のノウルーズの宴の場へと入って行った。その盆には、小麦、大麦、空豆、やはずえんどう(別名カラスノエンドウ)、ゴマ、米をそれぞれ七房あるいは七粒、そしてまた砂糖のかけら、金貨、銀貨が置かれていた。そしてそれを王の御前に置いていたのである。」
今日、ノウルーズのソフレの上に置かれる七種の食べ物は、イラン各地の社会、文化、地理的な情況によって異なっている。新しい年を迎えるに当たって、イランの多くの地域では、「ハフト・スィーン(=七つのスィーン ※3)のソフレ」が広げられ、スィーンを頭文字に持つ七種類の食べ物〜スィーブ( سیب sib=りんご)、センジェド( سینجد senjed=ななかまど)、サマヌー( سمنو samanu=麦焦がしのようなお菓子)、セルケ( سرکه serke=酢)、ソマーグ( سماق somaq=スーマックあるいはソマックの実の粉末)、ソンボル( سنبل sonbol=小麦の穂あるいはヒヤシンス)、スィール( سیر sir=にんにく)、スィヤーフダーネ( سیاه دانه siyah-dane=くろたねそう)など〜がその上に並べられる。
ファールス州やホラーサーン地方の村の一部では、「ハフト・ミーム(=七つのミーム ※4)のソフレ」あるいは「ハフト・シーン(=七つのシーン ※5)のソフレ」が広げられる。
一部では、「スィーン」は「スィーニー(=お盆 ※6)」という単語の省略形であると考えられ、次のように述べられている。
「古い時代、大地から獲れる新鮮な、あるいは乾燥させた食べ物を七つのスィーニーあるいは七つの銅の大盆の上に並べ、ノウルーズに王の御前に持っていった。この食べ物の一つ一つはイランの大地から収穫されたものであった。」
また次のようにも言われている。
「ゾロアスター教における七大天使(便宜上こう訳しておく ※7)であるアムシャスパンダが、ファルヴァルデガーン(エスファンド月の26日からファルヴァルディーン月の5日まで ※8)に天界から降りてきて、人々はアムシャスパンダたちのため、地上のごちそうの七つの盆を用意した。」
ゾロアスター教徒の集会の様子
明らかに、ノウルーズにソフレを広げ、七種類の食べ物をその上に並べることは古い慣習の名残であり、七という数も、ゾロアスター教の七体の天使の比喩である。イランのゾロアスター教徒はノウルーズの盆を三つのスィーニーで〜それぞれに七種類のお菓子、新鮮な果物、乾果が乗せてある〜によって、七体のアムシャスパンダのしるしに飾り付けていた。そして、アムシャスパンダたちはファルヴァルデガーンになると天界から地上へと降り、ノウルーズのハーンの傍らに人々と共に座ると信じている。
ノウルーズのソフレの上には七種類の食べ物の他に、鏡、チューリップ、ろうそく、コーラン(ムスリムのソフレの場合)、アヴェスター(ゾロアスター教徒のソフレの場合)、水を満たした鉢〜緑の葉、柘植、だいだいが入れてある〜、金魚の入った鉢、水仙とヒヤシンス、色を塗り、絵を描いた卵、サンギャクあるいはタフトゥーン、サブズィー・ポロウのクークー(イラン風オムレツ)と魚のフライ添え、銀貨〜一般的にはサーヘベ・ザマーン(12代目イマーム・マフディーのこと)の硬貨〜色のついたエスファンド(ヘンルーダ)、牛乳、ヨーグルト、バター、サブズィー・ホルダン(ハーブのサラダ)、お菓子が置かれる。これら一つ一つがイランの文化においては象徴的な意味合いを持っている。
ハフト・スィーンのソフレに置くためのヒヤシンスやチューリップ
バーザールで売られているハフト・スィーンのセットなど
サマヌーを売るおじさん
サマヌーを売るおじさん
ノウルーズのソフレは、家族が集まり、その周りを囲んで座ることに大変に大きな役割と重要性がある。
イラン人はたとえどこにいようと、年が変わる前に家に帰り、両親をはじめとする家族と一緒にノウルーズのソフレを囲もうと努力する。人々は、もし年が変わるときに家にいて、ソフレを囲むことができなかったなら、その人はその年の終わりまで家や家族から遠く離れ、さすらうことになるだろうと考えている。
全体的に、ノウルーズのソフレは、家族のつながりを作り出すことに大きな役割を演じているのである。
※1 ハーンというのは大きなお盆のこと。これ↓。
※2 ソフレとは、食事の時に広げる布のこと。現在はビニール製が多い。イランはもともと床に座る生活であり、食事の時には床に布を広げ、そこに食事を並べ、食事を取っていた。この時に広げられる布がソフレ。これ↓。絨毯の上に広げられているもの。
※3 ペルシア語アルファベットの第15番目の文字。س 音価はS
※4 ペルシア語アルファベットの第28番目の文字。م 音価はM
※5 ペルシア語アルファベットの第16番目の文字。ش 音価はSH
※6 普通に使うサイズのお盆。
※7 「不滅の聖性」とも訳される。スプンタマンユ(聖なる霊)は神アフラマズダによる世界創造と大きな関連を持ち、創造を概念化したもの。ウォフマナフ(善思)はアフラマズダの言葉を人々に伝え、人々の行為の善悪を記録する。アシャ(天則あるいは正義)は行為の善悪に基づく来世での応報を象徴する。アールマティ(敬虔)は女性であり、教えへの経験や献身を意味した。クシャスラ(王国)はアフラマズダの統治力を概念化したものである。ハルワタート(完全)とアムルタート(不滅)は女性であり、相互に密接な関係を持ち、アフラマズダの完全なる王国の永遠性を意味した。
※8 ファルヴァルデガーンについては説明が複雑になるので、また場を改めて、イランで使われている暦の説明と一緒に説明する。ここでは、この期間であるとだけ理解しておいて欲しい。エスファンド月とファルヴァルディーン月についてはこちらを参照のこと。
※3 ペルシア語アルファベットの第15番目の文字。س 音価はS
※4 ペルシア語アルファベットの第28番目の文字。م 音価はM
※5 ペルシア語アルファベットの第16番目の文字。ش 音価はSH
※6 普通に使うサイズのお盆。
※7 「不滅の聖性」とも訳される。スプンタマンユ(聖なる霊)は神アフラマズダによる世界創造と大きな関連を持ち、創造を概念化したもの。ウォフマナフ(善思)はアフラマズダの言葉を人々に伝え、人々の行為の善悪を記録する。アシャ(天則あるいは正義)は行為の善悪に基づく来世での応報を象徴する。アールマティ(敬虔)は女性であり、教えへの経験や献身を意味した。クシャスラ(王国)はアフラマズダの統治力を概念化したものである。ハルワタート(完全)とアムルタート(不滅)は女性であり、相互に密接な関係を持ち、アフラマズダの完全なる王国の永遠性を意味した。
※8 ファルヴァルデガーンについては説明が複雑になるので、また場を改めて、イランで使われている暦の説明と一緒に説明する。ここでは、この期間であるとだけ理解しておいて欲しい。
とのことですが、おわかりいただけましたでしょうか?
まあ、要するに、イスラームがイランに入ってくる以前からの古い習慣であることは間違いないし、ゾロアスター教と密接な関わりを持っていた慣習であることも間違いないのだけども、どうして「スィーン(S)」なのかはよく分からない、ということのようです。
ゾロアスター教の思想やカレンダーなどの説明もするととんでもなく長くなってしまうので、今回は割愛しました。今度また機会を見つけて詳しく説明できたらと思います。
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どうしてこの組み合わせなのか分かりませんが、テヘランではとにかく正月の食事はこれで決まり、なようです。
ご飯に炊き込むハーブは、ディル。魚は、マーヒー・セフィード(白魚の意味)というカスピ海で獲れる白身の魚。骨が鋭いので、慎重に骨を取らないと危険。
料理の写真が見つからないので、原料の魚屋を。
カスピ海とペルシア湾両方の魚があるよ、と書いてあるのですが、実際に置いてあるのは全部カスピ海と養殖の魚。

イラン、特に海岸沿いではない内陸部では、魚はたいてい鳥屋で売られています。恐らく「白身の肉」ということで同じ店で扱うのではないかと思うのですが、なんとなく不思議な感じです。
ちなみに、「赤身の肉」である羊と牛肉は同じ店で扱っていますし、時に鶏肉もおいてあったりします。
キャビール(荒野)の広がる地方では、魚が手に入りにくいので、正月にも普段と変わらない料理を食べるそうです。一番よく食べられるのは、ゴルメ・サブズィー(ハーブのシチュー)だそうですが、水が少ない地方では、ご飯料理を食べることが一種の贅沢だったのでしょう。

サブズィー・ポロウの写真が見つかったので、ご紹介します。
上に乗っているのはサフランご飯。脇に置かれているのはターディーグと呼ばれるお焦げ。
残念ながら、写真に写っているのはマーヒー・セフィードのフライではなく、ゲゼララ(ニジマス)のフライ。
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آغاز سال نو تبریک می گویم
امیدوارم که سالهای خوش در پیش داشته باشد
(あけましておめでとうございます。
一年のはじまりに際し祝福を申し上げます。
これからも良い年でありますよう願っております。)

イラン暦1385年の始まりです。
今年もまた一年、よろしくお願い致します。
毎年思うのですが、春分の日、花咲く暖かなこの日に一年が始まるというのは心楽しく、いいものです。
すべての人にとって、この一年が明るく、希望に満ちたものでありますように。
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店先に出された金魚の桶を見ると、「ああ、ノウルーズが来るんだなあ」と実感します。
私は一人暮らしですし、ノウルーズの間は家にいないことも多いので、自分でこうした飾りを買うことはないのですが、それでも何となくうきうきとした気持ちになってしまいます。
昨年もお話しした通り、イランのノウルーズは、暦場の日付が変わった日、つまり夜中の0時ではなく、また、中東全体にそうであるように日没でもなく、地球が春分点を通過した時間に新しい年がやってきます。
イラン暦1385年は、西暦で言うと2006年の3月21日の03時25分(日本時間)に始まります。
イラン時間だと、3月20日の9時55分です。
色々と問題を抱えてはいますが、良い一年になりますように!
ということで、正月の金魚です。

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この土曜日から木曜日までの週が、今年の授業の最終週だったのですが、学生はほとんど大学へ来ませんでした。
地方からの学生は帰省をし、テヘランの学生はどうして来なかったのやら分かりませんが、まあ、そんな感じでした。
しかし、先生方は、教務課から厳しく言われているので大学に来ないわけにはいきません。学生が来ないことが分かっている教室で空しくぼ〜〜〜っとしていなくてはいけないというのはなかなか大変です。
私自身、学生時代は授業を良くさぼりましたし、一刻も早く帰省したいという学生の気持ちも分からないではありませんし、それほど文句を言うつもりもありません。
しかし、今年、気になる話を聞きました。
地方から来ている学生たちが、少しでも早く帰省をするために、最終週の授業には出席しないことにしました。
ここまではよくある話です。
しかし、自分たちだけが欠席扱いにされて、成績をつける時にマイナスになるのは嫌だからと、テヘラン在住の学生たちが自分たちがいない時に抜け駆けをして授業に出席しないようにと圧力をかけ、それでもまだ心配でクラス全員のサイン入りの念書まで作成していたというのです。
これはちょっとどうかと思わずにいられません。
早く帰省をしたいというのは彼らの勝手です。授業に出席して出席点を稼ぐことよりも早く帰省することを選んだのは彼ら自身です。その勝手にテヘラン在住の学生を巻き込むのどうなのでしょうか?
自分の行動に責任を持つというのは大人として知っておくべき事柄だろうにと、一年の最後の締めくくりにふさわしくないため息が出てしまったのでした。
イランに限らず日本でも、あるいは世界中どこでもこんな感じなのでしょうか?
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日本にもありそうな光景。
イランは砂漠の国だと思っている人も多いだろうが、実はこんな風に日本と同じような四季を持っていて、その空気のためか、日本以上に鮮やかな光景になる。
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泉の湧く水辺のスミレ。

ビヤーバーン(荒野)に咲いた花。

標高二千メートルを超える村で。まだつぼみがようやくふくらみかけたところ。

そこから300メートルほど標高が下がるともう満開。果樹園の中で。甘い花の香りが満ちていて、とても幸せな気分。

甘い香りが空気や地面にしみこんでいるよう。
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もちろん、物価が上がったり、海外との取引がうまくいかなくなったりなど、あれこれ大変なところもありますが、今すぐイランを逃げ出さなくてはならないほどの緊張感はないように見えます。
もうあちこちで言われていることですので、今更私がどうこう言うのも後出しじゃんけんみたいなものでどうなのかなあと思わないでもありません。そこで、大学内の様子を通してこれらの問題について少しだけ触れてみたいと思います。
まずは、イラン国内で大騒ぎになっていたことになっている預言者ムハンマドの戯画問題について。
はっきり言って、イラン国内ではとても関心が低かったのではないかというように思います。私の周囲の友人たちもそうでしたし、大学で学生に聞いても「あまり感心しないことだし、預言者ムハンマドを馬鹿にされるのははっきり言って怒りを感じる。だけど、それとデンマークの大使館に投石をしたり、脅迫をするのは良くないことだと思う」という意見から、全く興味がないと言いきる学生まで様々でした。
そして、大学内にも数多くいるバスィージと呼ばれる大統領閣下のバックボーンであり、支持者である人々は、これは普通の学生たちとは違っていて、政府の命ずるままにデモを行ったり、投石を行ったりしていたようです。
この問題については色々と思うところがあるのですが、それはまた場所を改めて。
これと少し様子が違っていたのが、イラクで起こったイマーム廟の爆破事件でした。
宗教的に真面目な学生にとって、この事件はある程度ショックだったようです。どのくらいの学生が本当にショックを受けていたのかは聞けなかったのですが、その後の彼らの行動を見ていてそう感じる部分がありました。
事件から二三日経って、大学で授業をしていたら学生たちが突然質問をしてきました。
「先生!この次の授業は休講ですか?」
「は?どうして?もちろん授業はあるわよ」
「でも、デモがあります」
「は?私たちは何も聞いていないけど」
教員に何も連絡なく、大学が学生にイマーム廟爆破に抗議をするデモに参加するようにと連絡していたのです。もちろん、昔のように強制ではなく、参加したい学生が参加すればいいというだけのものでしたが、それでも参加したいという学生が多かったようです。
結局、直前になって教務課から連絡があり、その日の二限目は休講だということがはっきりしたのですが、デモに参加せず、校舎内で自習をしている学生も多く見られました。
この二つの事件に対する大学や学生の対応から、政府としては風刺画問題には学生を動員してまでことを大きくすることは考えていなくてバスィージなどを裏から動員するだけにとどめ、また学生の方も授業を放り出してまで抗議行動に参加するだけの興味も関心もなかったのかな?だけど、イマーム廟爆破に関しては、シーア派政権としては大々的に抗議を行い、そのためには学生も動員、学生も単位や成績がかかっているわけでもないのに自主的に参加するだけの意欲があったのかな?と何となく思ったのでした。
そういえば、日本の新聞で、風刺画問題に関連して、「デンマルキー(デニッシュ)」と呼ばれるお菓子の名前を変える動きがあるという話題を見ましたが、私の行動範囲のお菓子屋では特にそんなこともないし、そんな話は知らないという人ばかりだったので、本当なのかなあなどと思っていました。しかし、先日、はじめて、本当に「デンマルキー」という看板に布をかけてを隠しているという店の存在を教えてもらいました。
でもまあ、結局、テヘラン市内のいくつかの通りのように、革命的な名前を付けたところで定着はしないのだろうなあと思いますが。

それから、新聞の記事を読んでみたら、「クリームの入ったパイのような菓子」となっているようですが、「デンマルキー(デニッシュ)」という名前から分かるように、クリームの入ったデニッシュパンのようなイメージの方が近いようにも思います。
ということで、写真は我が家の近所のお菓子屋で売られているデンマルキーから二種類。
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今年も、先日、この選抜試験が行われたのですが、テヘラン大学日本語学科の学生も20人近くが受験しました。全員が合格できれば良いのですが、人数の枠がありますからなかなかそうもいかず、先生としてはなかなか複雑です。
ところで、この試験の申し込み時に、日本で日本語コースを設けている大学から三つまで希望校を選ばなくてはいけません。
日本語研修コースとはいえ、大学によって少しずつ内容が違っていて、語学に重点を置いているところもあれば、日本の文化や地域の文化に触れる授業が設けられていたりと色々ですので、学生の興味の方向に従って大学を選ぶ必要があるのです。
ところが、学生にとっては、大学やコースの紹介が書かれたものを渡されても、自分がどこの大学を選んで良いのか途方に暮れてしまうことのようです。
そこで、「先生、どの大学が良いですか?」とやって来る学生が押しかけてくることになります。
とりあえず、学生にどんなことを勉強したいのかという希望を聞き、大学のある地域はどうするのかなどという希望とも合わせ、良さそうな大学をいくつかあげ、そこから選んだらどうかとアドバイスをします。
おもしろかったのが、「日本には女の子だけの大学も沢山あるんだけど、そういうところだと家族も安心するかな?」と聞いた私に対して、「え〜〜〜」と不満を表明する女の子が多かったことでした。
高校まで男女別で、大学でも女性の方が圧倒的に多い学部で勉強する彼女たちにとって、大学まで男女別というのは嫌なんだなあと実感した瞬間でした。
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これまでにも何度か嘆いていますが、外食のメニューが少ない国ですので、何日も外食が続くとうんざりしてきてしまいます。
とはいえ、とてもおいしい肉を使った食堂や、ちょっと変わった味付けのメニューに当たった時などは幸せな気分になれるのですから単純なのですが。それに、基本的に好き嫌いがないので、たいていのものは食べられるというのも強みです。
ところが、時々、これは食べにくいなあというものに当たることがあります。
山羊や羊の乳を使った発酵バターです。
これが何とも強烈な風味で、牛乳のバターに慣れた舌にはちょっと大変です。地方へ行くと、はじめからこのバターを使って炊いたご飯が出てきたり、温かいご飯の上にこのバターがたっぷりと乗せられていたりすることがあります。
この独特の匂いがあるバターの匂いが全然気にならずおいしく食べられる時と、匂いが気になって食べにくい時とあるのが不思議です。
この羊の乳の発酵バターの風味を、ある日本の先生がこう表現されました。
「けだもの臭いバター」
言い得て妙というか、それはあんまりというか、何とも言えない表現に大笑い。
もっとも、先生は「獣臭いバター」と言いたかったらしいのですが、私たちの間ではすっかり、「けだもの臭いバター」で定着してしまったのでした。
野性味がある風味には、なんとなくぴったりしているかも、という気がしたからだったのですが。
テヘランの乳製品を扱っている店でも時々、「羊の乳のマースト(ヨーグルト)あります」とか、「羊の乳のパニール(チーズ)あります」といった張り紙が出ていることがあります。
友人たちの話によると、このくらいパンチのある味じゃないと食べた気がしないという人も結構いるのだとか。ただし、テヘランで生まれた若い世代だと、やはり、羊や山羊の乳から生まれる匂いは苦手という人も多いそうです。
村の雑貨屋でも工場製の牛乳製品が普通に売られている時代になり、また、政府がやたらと強調する「衛生」の観点から地方の手作り製品が嫌がられる今日この頃。地方独自の味が口に入りにくくなり、その味になじみがないために嫌われるという悪循環もあるのかなあなどと、昨日訪れた街の食堂で獣臭いバターのたっぷりかかったご飯を食べながら、何となくそんなことを考えてしまったのでした。
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旅行社の担当者が昔の金持ちの邸宅の写真の入ったパンフレットのようなものを持っていました。ちょっと気になったので「何それ?」と聞いてみました。すると、やはり、昔の金持ちの屋敷をホテルに改装したものだとのこと。どこにあるのかというと、サングサルというところだそうです。サングサルというのはテヘランの東隣にあるセムナーン州の州都セムナーンの近くにある街です。
セムナーンには行ったことはありますが、テヘランからの距離が中途半端に近いため、そこで宿泊をしたことがありません。
また、セムナーン州には、州都であるセムナーンよりも歴史が古くて史跡も豊富なダームガーンやシャールードがあるため、どうしてもそちらに目がいってしまいます。ですから、セムナーン市にどんな見所があったかとっさに思い出せず、思わず聞いてしまいました。
「何があったっけ?」
答えはというと。
「何もないよ。暑くて乾燥していて、それだけ」
何とも酷い言いようです。
「知っている?イランではこう言うんだよ。『神様は悪魔をセムナーンで作った』って」
とまで言います。
私をからかっているのかと思い、本当にそんな風に言うのかと周囲の人にも聞いてみましたが、そう言うとのこと。
「じゃあ、大統領閣下も悪魔なんだねえ。それも大統領なんだから大悪魔」
確かにそうだと、なんだか大受けされてしまったのでした。
大統領閣下は、セムナーン市よりももう少しテヘラン州寄りにあるギャルムサールというところの出身なのです。
それにしても、ギャルムサールという名前、聞くだけで暑そうです。
罪人は最後の審判の後、灼熱の地獄へ送られるそうですから、熱さの多いところであるセムナーンは、地獄をイメージさせるのかなあと分からないでもありません。
しかし、確か、ハマダーン(イラン北西部にある州とその州都の名前)の冬も、あまりの寒さのため、「地獄のように寒い」と言うと聞いたことがあるのですが、結局、地獄は熱いのか寒いのかよく分からなくなってしまったのでした。
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ワールドカップを控え、代表チームは強化のための試合をできるだけ行いたいこの時期、イランの政治的な主張のため、各国から試合を拒否されています。
代表チームを苦況に陥れている張本人の一人が、楽しく代表チームに飛び入り参加。
「君たちは精神的にはどこにも優っている」というような訓辞を行ったとか。
政治的なあれこれにもかかわらず試合相手になってくれたコスタリカに感謝をすべきだろうになあと、ちょっとばかりもやもやしてしまったのでした。
3月1日のSharq紙一面より。
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その色々なことのほとんどが、外国から「いい加減にしろ!」と言われるようなことだというのが何とも悲しいところなのですが、イランの大統領閣下はそんなことは気にすることなく、絶好調に活躍中のようです。
大統領閣下と全く関係のないところで起こった事件ももちろんあります。
その一つが「イランにもとうとう鳥インフルエンザがやってきた」です。
もうとっくに御存知かもしれませんが、イランのカスピ海岸にあるバンダル・アンザリーというところで、白鳥が鳥インフルエンザによって大量に死んでいたとか。
トルコで鳥インフルエンザが発見されて以来、イランはトルコとの国境を閉鎖して鳥インフルエンザの侵入を防いでいると報道していました。しかし、「国境を越えて飛んでくる鳥は防げないだろうに、どうして国境を封鎖すると効果があることになるんだ?」という、ちょっとするどい人たちの冗談交じりの突っ込みが本当になり、渡り鳥である白鳥により、鳥インフルエンザがイランにもやってきてしまいました。

鳥インフルエンザへの恐怖から、鶏肉の消費が減り、値段が下がっているそうです。とはいえ、私の家の周辺にある鶏肉屋は相変わらず繁盛しているようで、そんなに鶏肉の消費量が減っているのかどうか、見た感じでは判断がつきません。
アンザリーで鳥インフルエンザが発見されて以来、イランのテレビで鳥インフルエンザに関する報道を見ない日はありません。鶏肉や卵の安全な食べ方の指導も行われているようですが、日本とは随分違うことを言っているようです。
一番インパクトがあったのは、「ゆで卵を作る時は、安全のため、必ず20分以上ゆでましょう。そうすれば感染は防げます」でした。
確か日本では、卵や肉からインフルエンザに感染することはないと聞いていたのですが、イランのこういう報道の仕方だと、卵や肉が危険に思えてきます。日本とイランとどちらが正しいことを言っているのでしょうか。
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