現在は様々な事情から、キリスト教徒の人口は減ってしまいましたが、今でもオルミーエやサルマースといった街にはキリスト教徒が多く住んでいますし、彼らがいなくなってしまった場所にも、教会が残っていて、キリスト教徒とムスリムが混在していたということを実感させてくれます。
ホイの街とその周辺には、今は使われなくなってしまった教会がいくつか残っています。
その一つがこれ。
とご紹介しようと思ったら、外観の全景写真が見あたりません。どこへ行ってしまったのでしょう。
ともかく、こちらはホイ市内にある教会の一つなのですが、外観は四角い石造りの建物で、壁面のレリーフがなければ教会だとは外観からはちょっと分かりません。

この教会は、西暦4世紀に造られ、その後10世紀に改築されたものだとか。
内部は現在、イランの文化財保護庁により修復中。

ホイの街から北へ10キロくらいのところにあるマフラザーンという村にある教会がこれ。
13世紀から17世紀にかけての建築だそうです。

今回の旅行で私がとても見たかった教会がこれでした。
どうしてかというと、素朴な雰囲気の建物であることと、文化財保護庁が出版している文化財案内の中にあったこの写真に、妙に心惹かれてしまったからでした。
ドームの上にコウノトリの巣が乗っているのです!

今回は行きませんでしたが、同じ西アゼルバイジャン州にある別の教会の上にもコウノトリの巣が乗っている写真があって、これにも心惹かれてしまいました。

残念ながら、コウノトリの巣は取り除かれてしまっていましたが、これは、コウノトリが巣を放棄したから取り除いたのか、コウノトリを追い出して取り除いたのか、ちょっと気になるところです。

誹謗中傷をするならすればいい。それを気にして右往左往するよりも、自分が自分の信じる道を行くことが大切。
人間が誰でも迎えなければならない最後の日に後悔することがないように。たとえそれが明日であっても。
人は誰しも完全ではなく、足りないものを得るために努力をしなければならない。もちろん、正しい方法によって。どんな宗教でも社会でもそのために教えていることは一つ。人を傷つけないこと。
人が常に努力をすることの大切さを教える物語を一つ。
神の赦しが、罪によって道をはずした人に、導きの灯火をその行く手に灯した。その灯火故にその罪人は真理を求める人々の輪に加わった。ダルヴィーシュ(托鉢僧)たちの歩みのめでたさと、彼らの呼吸の誠実さにより、彼の行いの非難されるべきところは称賛すべきものに変わった。彼は欲望から手を引いたが、誹謗者たちは、彼が以前と変わることなく、彼の敬虔さと善は信じられぬと言った。
懺悔と改悛により神の罰からは解放されることができようが
人々の舌から解き放たれることはできぬであろう
彼はそうした言葉の暴虐に堪えられず、タリーカ(※1)のピール(※2)の許へと不満を訴えた。シャイフ(※3)は涙を流し、言った。
「お前はこの恩恵への感謝をどのようにして行っているのだ?お前は人々がお前について考えているよりも優れているというのに。
汝はいつまで言うのか。『悪意と妬みの持ち主が
無力なる私の欠点をあげつらっている
時に彼らは我が血を流そうと立ち上がり
時に私に悪意を抱いて座っている』などと
汝は善であれ。人々が汝について悪く言おうとも
汝が悪であるのに汝を良きものであると見られるよりも良い
しかし、私については人々は善く考えており、完全であると言っているが、実は私は欠点の中にある。私はこれを心配し、悲しんでも許されるであろう。
もし私が語っていたことを私が行っていたならば
私は善き行いの敬虔なるものであっただろう
私は我が隣人たちの目からは隠れているが
神は私が隠していようが明らかにしていようが知っている
人々から隠れようと自らの前で扉を閉ざし
人々が我が欠点を広めぬようにしたところで
閉ざした扉に何の益があろうか
神は隠れたものも明らかなものも知っておられるのだ」
サアディー著『ゴレスターン(薔薇園)』第二章より
※1 「道」の意味。そこから転じて、神秘主義の道を目指す人々のグループを指す。
※2 「老人」の意味。そこから転じて、タリーカで指導的な役割を果たす人を指す。
※3 ピールと同じ意味。
現在のイラン領内にある教会でも最も古いものの一つで、今は日常的には使われなくなってしまいましたが、現在でも夏になると、イラン全土からアルメニア教徒がこの教会に集まってきて儀式を行うそうです。イラン全土のアルメニア教徒にとっての精神的な中心がこの教会なのです。

この教会の歴史をひもといてみると、西暦66年まで遡るそうです。
西暦43年、ターターウースとバルテミスという二人の人物が、キリスト教を広めるため、ゾロアスター教徒のアルメニア人の王が支配するこの地方へやって来ました。
二人の宣教活動により、王の娘を含む3500人ほどがキリスト教に改宗をしました。これをよしとしなかった王は命令を出し、キリスト教徒〜王の娘をも含む〜を殺してしまいました。
この時殺された人々を葬った場所が、現在のカラ・ケリーサー(本当の名前はターターウース教会)のある場所だそうです。
後にこの時人々と一緒に殺されたターターウースの墓の上に小さな庵が建てられました。これが、カラ・ケリーサーの始まりです。
この時の古い建物は、西暦1319年に地震によって崩壊し、西暦1329年に再建されました。その後、西暦1691年に黒い石を使って改修が行われ、西暦1810年にも今度は白い石を使って改修が行われました。
現在残る建築は、大きく分けて、黒い石が使われている部分が古い部分、白い石の部分が新しい部分です。そして、この黒い石を使った建築が他には見られないことから、「カラ・ケリーサー=黒い教会」として有名になったのです。

我々がカラ・ケリーサーへ向かった日は、雪がちらつく寒い日でした。
ホイからマークー(トルコとの国境の町)へと通じる街道は除雪されていましたが、街道からカラ・ケリーサーへ入る道路は雪が積もったまま。それも、さらさらのパウダースノーですから、タクシーがスリップをするのでは、タイヤをとられて動けなくなってしまうのではと冷や冷やしながらの移動になってしまいました。
壁に彫られたレリーフの他に装飾のない簡素な教会は、その分、堂々とした迫力に満ち、モスクとは違う美しさを示しているように思います。

それにしても、ホイへ戻ってから、ちょっとした間違いからフィルムを巻き戻す前にカメラの裏ぶたを開けてしまい、ここで撮った写真の一部を駄目にしてしまったことだけが残念です。痛恨のミス。
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私の場合、そうした地名の一つが「ホイ」でした。
イランの北西部、西アゼルバイジャン州にある町の一つです。


ここがホイ。
大学が試験期間に入って授業がなくなり、そこに連休があることに気付いた時、これはもうどこかへ出かけるしかないだろうとひらめきました。
どこへ行こうかと考えて浮上してきたのがホイでした。
早速列車の切符を確保して、ホイについて予習することに。ホイを気にしながら、実はどんな見所があるのかよく知らなかったのです。
まずは『地球の歩き方』を開いてみましたが、アゼルバイジャンの地方都市になどほとんど触れていません。
それではということで、今度は『Lonely Planet』を調べてみることに。
少し古い版を開いてみると、何とも失礼な書き方がされています。
要約をするとこんな感じです。
「この町にはあなたの心を引きつけるものは何もない。町へ入ったところにあるロータリーにある、フラミンゴの巨大な像くらいしか見物はない。この像はシャム双生児のように建っている」
これ以外に何の記述もありません。何とも酷い話です。筆者はきっと、ホイで何か酷い目に遭ったために真面目に記述をする気が起きなかったに違いありません。
気を取り直してもう少し新しい版を調べると、古いバーザールや教会などいくつも見所があることが分かりました。
西アゼルバイジャンは、アルメニア教徒やアッシリア教徒が今でも多いところです。彼らの建てた教会を見に出かけることにしたのです。

これが「巨大なシャム双生児なフラミンゴの像」。
「鶴」じゃないのかなあ?そうじゃなければ「コウノトリ」。
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テヘランから長距離バスに乗って西へと約8時間。
夜明け前のサナンダッジに到着して、あまりの寒さに凍り付くかと思ってしまいました。
前日の気象情報によると、サナンダッジの北にある同じコルデスターン州の町、サッケズでは零下20度を記録していたというのですから、寒くて当たり前なのですが、それでも地元の人によるとそれほど寒くないよ、とのこと。さすが、頑強で知られたクルド人は違うと、がたがたとふるえながら感心してしまったのでした。

夕方、サナンダッジの町を見下ろす丘の上から。
雪は少ないが、寒さは厳しい。写真からはあの寒さが伝わらないのが何とも残念。
この丘まで来るのに乗ったタクシーの運転手は、なんと長袖のシャツ一枚で、見ている方が寒いくらいだった。
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何度電話をしてもなかなか来ようとしない修理人に業を煮やした大家さんが、自らペンチとビニールテープを持って中庭へ。
隣のアパートとの境界になっている塀の上を通っている電話線を念入りにチェック。
線が切れているところを発見。それをつないで、ビニールテープでしっかり巻いて修理完了。
あっさり電話は繋がりました。
この二日間はいったい何だったのでしょうか。脱力です。
イランの人たちのこういうたくましさには常々感心させられています。
修理を依頼しても約束を守らなかったり、技術を持たない「自称技術者」だったりということも多いため、イランのお父さんはちょっとした修理くらいなら、配線から自動車まで何でもこなしてしまいます。
配線が切れた理由はどうやら、塀の上を行き来する猫たちが、上の階へ飛び上がるための足場にしていたらしいからだそうです。
どうしてそんなところに電話線を剥き出しで這わせておくのかなあと、これまた脱力してしまったのでした。
我が家の周囲は野良猫天国で、何匹もの猫たちが塀の上を行き来しています。塀の上でのんびりしてくれるのは全然構わないのですけど、電話線に触るのはやめてね、と、早速塀の上を歩いていた猫にお願いしてしまったのでした。

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朝7時にテヘランの鉄道駅に到着し、そのまま大学へ直行、試験監督をするというハードなスケジュールになってしまいました。
旅行中は、全くネットが使えない情況でしたので、家へ戻ってすぐにメールのチェックをし、さて、ブログの方も更新を…と思ったら、たった今まで半日近く、全然ログインもできない情況でした。
イラン北西部にあるアゼルバイジャン地方は、寒波がやってきていたこともあってとても寒く、「凍りそう〜〜」と悲鳴を上げながらの旅行になってしまいました。もちろん楽しかったのですが。
詳しくはまた明日からご報告致しますが、無事戻ってきましたというご報告まで。

写真は今は使われていないアルメニア正教の教会。
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昨日のテヘランは今年初めての本格的な雪
ついつい夜中に外へ出て、まっさらな雪に足跡を付けてしまいます。
私の住んでいるあたりでは朝にはすっかり消えてしまいましたが、テヘラン市北部は真っ白。テヘラン州の山間部は降雪のため、小学校が休校になるそうです。
雨雪は外出が面倒になるのであまり好きではありませんが、危機的な水情況にあるイランですから、一年でこの時期にしか降らない雨や雪にはたっぷりと降ってもらいたいと思います。特に、今年は雨や雪が少ないだけになおのことです。
と書いて外を眺めたら、再び雪が降り出していました。
地面も白くなりつつあるようで、この分では少し積もるかもしれません。
今晩から、イラン北西部へ出かけるのですが、果たして大丈夫なのでしょうか?少々心配になってきました。
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ここしばらく、大学のある先生のことで考えさせられることが続いています。
その先生は、大学院を出たものの仕事がなく、何度も大学に自分の売り込みをしていました。しかし、面接の度、その発言や態度に問題を感じた先生方によってずっとお断りをされていました。
それでも諦めきれないその人は、とうとう、ある政府の有力者の力を使って自分を大学の正規教員として認めさせてしまいました。(テヘラン大学の規則では、一年目は非常勤にしかなれないはず)
有力者がバックにいることでその人は自分に力があると思いこみ、傍若無人にふるまい、学科の責任者の言うことにも、他の先生の助言にも全く耳を貸さず、それどころか自分に何か意見を言う先生方の悪口を誰彼となく言いふらす始末。
そして、博士号を持っているということで自分にすばらしい能力があると勘違いして、自分勝手でめちゃくちゃな授業を行い、学生たちを戸惑わせ始めました。そして、異議を申し立てる学生を「能力も何もない学生が生意気を言っている」と決めつけ、文句を言うばかり。
日本で言えば東大クラスの大学であるテヘラン大学に入学してくる学生ですから、能力がないわけはありません。初めて習う外国語での会話が多少たどたどしいからと言って、頭の中まで幼稚なわけではありません。その先生の学生を馬鹿にした気持ちはすぐに伝わります。
初めのうちは、「まだ慣れていない先生なのだから我慢しよう」と言い合っていた学生たちも、しばらくするうちに我慢できなくなってきました。
授業の進め方や教え方はいい加減で、言うことや授業の内容がころころと変わる。授業中に大学や他の先生の悪口を言い始める。質問をする学生に「あなたは馬鹿か」という態度を示す。学生たちから次第に、授業になっていないという苦情があがり始めました。確かに、プリントを渡して、「家で読んできなさい」だけで授業を進められても学生はどうして良いか分かりません。
そして、我慢できなくなった学生たちは、学部長宛に、先生の交代を願い出る手紙を連名で提出。さすがに大学もこれは無視できず、当人を呼んで、こういう手紙が出ているので気をつけるようにと叱責しました。
ところが本人は、そうした学生からの抗議を受けても反省するどころか、「自分に嫉妬した学科長が学生に抗議の手紙を書かせた」「こんな酷いカリキュラムでは自分の能力は発揮できない」と責任を全て周囲に押しつけ、他の先生の悪口まで言い始める始末。更には、こうした周囲に対する文句を授業中に学生に向かって演説し始めたというのですから驚きです。学生も驚いたそうです。
どんなに苦情が出たとしても、政府の有力者からのコネで入っているため、大学のトップも及び腰で、学科長などに「あの人を怒らせないように」と注意してきたというのですから、何とも呆れた話です。
かわいそうなのは学生で、「あの先生が来てから基礎学力が落ちた感じがします」「次の学期もあの先生の授業があるんですけど、あの先生の授業では全く力がつきません」「授業中に何も教えていないのに、どうして試験ができるんですか?」等々、悲痛な叫びが上がっています。
能力もないのにコネで就職するということは別にイランの大学だけでなく、日本の大学でも決して珍しいことではないと思いますし、実際に何度もそうした話を聞いたことがあります。しかし、就職に至るまでのいきさつはともかく、就職したからには自分の責任を果たすために努力すべきでしょうに、問題が起こった時に自分を省みることなく、自分にとって都合の悪いことは全て周囲が悪いと騒ぎ立て、常に自分だけが被害者であると主張し、どんなに他の人に迷惑をかけようと謝罪もなく感謝もないというのは、日本人もイラン人も関係なく、一個の人間としてどうなのかなあ、と、その先生の話を聞く度にため息が出そうになってしまうのです。
本当に、周囲の先生方も大変ですけど、学生が一番の被害者です。ところが、大学が政治を優先して、学生のために何もしないというのにも疑問を感じないではいられません。
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アルメニア正教徒にとってのクリスマスは、西暦の1月6日。まだクリスマスはやって来ていません。
先日、久々にアルメニア正教徒の多い地区を歩いていたら、アルメニア人が経営するナッツ屋のディスプレイもさりげなくクリスマス仕様に。

ちなみに、アルメニア正教の他には、アッシリア教徒(ネストリウス派)、カトリック、プロテスタントの順に信徒が多いと聞いています。
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日本は戌年ですね。
イランにも干支があると言うと驚く方が多いのですが、イランにも干支はあります。ただ、イランの正月は春分の日ですから、まだもう少し酉の年が続きますが。
この十二支は、13世紀にモンゴルがイランを統治していた時代に中国からもたらされたと言われています。日本とは微妙に違っていて、ねずみ、牛、豹、うさぎ、わに(鯨の意味もあり)、へび、馬、羊、サル、鶏、犬、いのしし、となるようです。
戌年にちなんで犬の意匠の年賀状や年賀メールが届いていますが、イランをはじめとする中東イスラーム圏では、犬は不浄な動物としてあまり好まれません。(詳しくはこちらをどうぞ)
「犬の息子!」というのが最大級の侮辱になるくらいですから犬も気の毒です。
テヘランなどでは野犬はすぐに捕獲されてしまいますが、農村部や遊牧民にとって犬は家畜を守る大切な動物です。
とは言っても犬の地位の低さはありありと分かります。
犬は一生懸命人間のために働いているのに、人間の方の犬に対する扱いは酷いもので、食べ物はあまりやらないわ、石は投げつけるわ、けがをしたり病気をした犬は容赦なく見放すし、生まれてすぐに人間の優位を教え込むために耳を切り取ってしまうしで、ヨーロッパの動物保護団体が聞いたら大変な騒ぎになりそうな扱いです。

写真はファールス州のガシュガイ族のところで見かけた子犬。
耳を切り取られたばかりらしく、ショックで虚脱状態。

こちらは人里離れた聖者廟の管理人に飼われていた犬の子ども。
それほど悪い扱いを受けていないらしく、聖者廟の敷地内を走り回り、管理人の子どもたちと遊んでいた。
イスラームでは地位の低い犬ですが、ゾロアスター教では高い地位を持っています。
家畜を守るものとして礼賛し、家畜と人間と混じり合ったものであるとすら言われていました。そして、人の死体に取り憑く悪魔を追い払うために、犬に死体を視させることも行います。犬はもろもろの悪を追い払う大切な動物なのです。
こういう地位を持つため、ゾロアスター教徒のところにいる犬は非常にのびのびとしています。
テヘランのはずれにゾロアスター教徒の墓地があるのですが、そこで飼われている犬たちは人を恐れることもなく、ちゃんと名前を付けられて(ムスリムの村人や遊牧民の飼う犬は名前を持たない)、かわいがられています。
日本から来た私の友人(イラン研究者)が「カルチャーショックだ〜」と思わず言ったくらい、イランの他の地域で見る犬たちとは違っています。

こちらはゾロアスター教徒墓地で飼われている犬たち。
のんびりと昼寝中。我々が近づいても、「来たの?」とちょっと目を開けただけ。
もっとも、この数年、イランの都市部では、欧米の影響からか、ムスリム家庭でも室内犬を飼うことが流行しています。私のアパートの近所でも何軒か犬を飼っている家があり、朝など犬を散歩させている人に会うことがあります。
ただ、犬を定期的に洗ってあげることはしていないのか、ちょっと薄汚れているところが気になるところではありますが、犬を家の中に入れたり、自動車でピクニックへ連れて行ったりするなど、家族に近い扱いをしているのだなあとなんとなく不思議な感じがしてしまうのでした。
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日本は明けましておめでとうございます、ですね。
イランの正月はまだ三ヶ月ほど先なので、新年が来たという実感はまるでありません。
日本の正月の雰囲気は好きなのですが、もう何年もこの時期の日本を味わっていません。
イランではこの時期はちょうど期末試験のシーズンということもあり、どうも、あわただしくて大変です。
一年間、皆様には、このつたないブログを応援していただきどうもありがとうございました。
今年も一年、よろしくお願い致します。
この一年が皆さんにとって良い年でありますことを心からお祈りしています。
(写真は、エスファハーンのSheikh Lotofollah モスクの夜明け)
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