よく「日本はどうですか?」と聞かれます。
さて、どうなんでしょう。
「女の子たちがすごい格好をしているなあ〜」
イランから来ると、女の子たちの露出の多さにくらくらしてしまいます。
「髪がふくらむなあ」
割と髪の量が多いので、日本の湿気を吸った髪がふくらみ、まとまりが悪くなってしまいます。
「よく眠れてうれしい」
高度の関係か、イランにいる時よりも寝付きが良く、眠りが深くなります。
「ネットの速度が速くてうれしい!」
光回線の入ったマンションに住んでいるので、画像のたくさん入ったページでも楽に開けるのが感動です。
「外出しても視線を感じないですむのが気楽」
日本人だからという理由で好奇の視線を向けられることがないのがとても気楽。ヘジャーブ(スカーフやコートなどイスラミックコードに従った服装)なしで済むのは楽でしょう?と言われますが、私はイランでのヘジャーブを着用しての外出は意外と平気なのです。
「日本語の本がたくさん読めてうれしい」
活字中毒なので、これはもう当然ですね。早くペルシア語も日本語並みに読めるようになりたいのですが、まだまだ修行不足です。
「ご飯がおいしい!」
実家から送ってもらう新潟の米と魚が最高!
「物価が高くて買い物をするのが怖い」
イランと比べたらいけないのは分かっていますが、やっぱり物価が高い。特に果物は買えないです。高くって。品物は豊富なので物欲は増すのですが。
「役所や商店の開始時刻が遅い」
陽ざしが強く、暑くなる前に仕事を済ませたいのに。
「歩く」
イランなら乗り合いタクシーなどに乗ってしまう距離でも、そういう交通手段のない日本にいると歩くようになります。それが面倒でついつい外出がおっくうに。あ、自転車があればいいのか。
「傘を持つ習慣が必要」
イランにいると、雨雪の時でも意外と傘を差さないし、雨期の一時期しか降らないので、傘を持つ習慣をなくしてしまいます。おかげで雨に降られてびしょぬれに。
もっと色々あるような気もするのですけど、いざ書こうとすると案外思い浮かばないものですね。
一つ大切なことを思い出しました。
「バスタブに浸かる幸せ」
風呂に文庫を持ち込み、のんびり読みながら浸かるのが好きなのですが、イランではバスタブのあるアパートが少なくてできないのです。
大家に交渉して、バスタブを入れてもらえないかどうか思案中です。
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私も休みは終わり、久々に、資料整理と原稿書きに追われています。
それと同時に、友人、先生、仕事相手など、毎日のように人に会っています。こんなことも随分と久しぶりです。
久しぶりといえば、秋から始まる仕事に備え、準備やビザの切り替えのために日本へ帰ってきました。春にも帰っていたのですけど、日本の夏は久しぶりです。
日本へ一時帰国する前も後も、毎日のように人に会っているわけですが、色々と新しいことを教えてもらったり、別な角度からものを考えるきっかけを与えてもらったりしています。
そうした話の中から気になったものを一つ二つあげてみたいと思います。
一つめは、「建設的な議論をすること」「他人の意見を聞くこと」です。
イラン人の先生と話していた時に、私の博士論文の口頭試問の時のことになりました。
論文の内容に関する質疑応答の後、指導教官による論文の講評があり、「最後に、外国人であるあなたに聞きたいことがあります」と、話し出しました。
非ムスリムであり、外国人である私には冷静に判断できるだろうから、ぜひ聞きたいことがあるのだ、と前置きをして指導教官のS教授が私に問いかけたのは、イスラーム以前と以後のイランに思想の連続性が見られるかどうか、ということでした。
非常に難しい問題であり、まだ明確な答えが見つけられていない状態であるため、そのように正直に答えたのですが、「イラン文学を研究しています」と言った時に、イラン人以外にイラン文学やイランの文化を理解できるわけがない、という態度を示されることもあるため、イランでもっとも高名な研究者の一人と言って良い先生が意見を求めてきたことにびっくりしました。
「あのときは本当に驚いたんですよ」と言った私に、先生(指導教官とは別な先生)は、外にいる人の方が問題を冷静に分析することができることもあるのだから、S教授があなたに意見を求めたからといっても全然不思議ではないでしょう?その国の人でなければ問題を理解できないとか、意見を述べてはいけないというのは変な話だし、それでは健全な議論はできないのでは?ということを仰いました。
確かにその通りです。
外国人だから理解できる部分とできない部分があるのは当然です。だからといって外からの意見を最初から排除するのでは、可能性を捨てることにつながるでしょう。「外国人だから」という理由だけでその人の意見を排除するのではなく、その意見を聞き、取り入れるべきところを取り入れ、またもし間違えている部分があるのならそれを指摘し、正すことで議論が発展するのではないでしょうか。
もちろんこれは外国人に限らず、自分とは別な意見と言い換えることもできます。ともかく、自分と違う立場、位置からの意見や視点というものも大切だということです。入手できる情報量の問題なのか、(そういうものがあるのなら)民族性なのか、自分を含め、イランでも日本でも、「もう少し人の話を聞こうよ」と感じることがあります。
議論と言えば、日本へ戻ってからある雑誌の編集者と会った時にも、議論の大切さの話となりました。
雑誌に投書をしてくる人の中には、人の言うことに全く耳を傾けず、自分の言いたいことだけを言い、感情的な言葉だけを投げつけてくる人がいて困ることがよくあるとのことでした。
誰かの言葉が気に入らないと、相手の人格までをも傷つけるような言葉で攻撃してくる人がいます。もし、相手の言葉が間違えているというのなら、どこがどのように間違えているのか、それを読む人が納得できるような言葉で、そして冷静に自分の意見を主張するべきだと思うのに、「あなたは間違えている」「問題の本質を理解していない」「嘘を言うな」などといった言葉で相手を否定するのみで、どこに問題があるのかを示そうとしません。
こうした人たちは、どうして自分の正しさを示すために言葉を使うことができないのでしょうか?もし自分の意見が絶対に正しいと自信を持っているのなら、それを言葉によって示すことができるのではないでしょうか?
ところが彼らはそういうことをせず、根拠がどこにあるのか分からない攻撃を繰り返します。困ったことに、そうした行動はエスカレートすることもあります。「あなたにこの問題を語る資格はない」「分をわきまえろ」「身の程を知れ」等々。
ある問題を語るために必要な資格とはどのようなものなのでしょうか?それを与えるのは誰なのでしょうか?
上の編集者が言いました。
「子供がけんかをして最後に訳が分からなくなってきて、『おまえのかあちゃんでべそ』って言っているようなものですよねえ。それじゃあ話にならないんですよ」
言葉を使えるから人間であり、それがまた大人の証なのだと思います。
私自身、きちんと人の話を聞くことができていたかどうか、反省すると共に、これからも健全な議論ができるように気をつけなくてはと思ったのでした。
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イスラーム政権の許で彼らは、程度の差はあれ窮屈な思いをして暮らしています。
大学に通うそうした知り合いがある時、ぽつりとこぼしました。
「大学を卒業できないかもしれない」
イスラーム関連の一般教養の単位がいくつかどうしても取れないのだとのこと。
前にもお話しした通り、イランの大学入試には、アラビア語と宗教(イスラーム)という科目があり、それは入試を受ける人全てが受験しなくてはなりません。これがあるために受験を諦める非ムスリムも多くいます。
何とかそれをクリアできたとしても、大学の一般教養には、イスラーム倫理、神学、イスラーム哲学、イスラーム史など、イスラーム関連の科目が並んでいて、非ムスリムの学生にとってはかなり大変なのだそうです。
また、先生によっては非ムスリムを差別し、どんなにがんばっての点数を与えない人もいるとのこと。
「国の統治理念を12イマーム・シーア派とする」と憲法に定めている国ですから仕方がないのかもしれませんが、こういう話を聞くとちょっとやるせない気分になってしまいます。
こつこつと勉強する真面目な人であるだけに、卒業が遅れたりできなかったりするかもしれないという情況が辛かったのでしょう。それなのに私ときたら、何と言って良いか分からず、「大変だね」などと上っ面だけの言葉しかかけてあげられず、自分の修行不足を実感してしまいました。
信教の自由と国家理念としての宗教。どうやったら調和が取れるのか、とても難しい問題のようです。
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彼らはほとんどが、中国、中央アジア、シリア、ヨルダン、イエメン、アフリカ諸国出身のムスリム、あるいはイランで改宗してムスリムになった人がほとんどです。
イランの国立大学は基本的に無料です。それは留学生に対しても適用されていて(最近制度が変わって、テヘラン大学などはかなり高額の学費が必要になったそうですが)、多くの留学生が集まる理由ともなっていました。
「革命理念の輸出」が留学生の大量受け入れの裏側にあったそうですが、わずかではあっても奨学金をもらい、無料で大学教育を受けることができたというのは、多くの留学生にとっては役に立つ制度であったはずです。私自身、非常にこの制度には感謝しています。
ところが、最近、何人かの留学生から、「困ったわ〜〜」とこぼされました。
彼らの話によると、国へ帰っても、「英語やアラビア語ならともかく、ペルシア語ができてもねえ」と言われ、なかなか仕事を見つけることができないとのこと。これは確かに私にとっても人ごとではありません。
それと、イランで取った学位を国へ持って帰っても、「イスラーム革命史」といった革命関連の単位を国で認めてくれない場合があるとのこと。それは確かに困った問題です。
留学というのは色々と難しい問題が次から次へと起こるものなのだなあと、しみじみと感じてしまうのでした。
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彼の就任に際しての演説を聞いていて感じたのが、いかにもイラン人らしいや、でした。
知っ イランに住み、大学で、日常生活の中で、そしてまた仕事の中で、とにかく様々な場面で感じるのが「他を必要としていない人たちだな」ということでした。もちろん、全ての人がそうだというのではないのですが、全体的な印象としてそう感じることが多いのです。
新大統領の方針について言えば、まず、アメリカとの関係改善は必要ない、自分たちの技術力で核開発ができるのだからヨーロッパ三国の提案も受け入れる必要はない。
思わず、「ああそうですか、勝手にやって下さい」と言いたくなるような子どもっぽい主張ばかりです。
アメリカもヨーロッパも必要ない。アラブ諸国(特に半島アラブ諸国とエジプト)とも距離を置きたい。自分が優位に立てる外交なら良いけど、そうでないのならいらない。そんな風に考えているのだろうなあと感じることもしばしばです。なんというか、好きこのんで孤立している国だと思わずにいられないのです。
こうした傾向は政府だけでなく、あらゆる場面で目にすることができるように思います。
長期的な信頼関係よりも目先の利益を手にすることの方を重要視する経営者。外国人は利用するだけすれば良いとばかりに自分の都合のみを押しつけてくる人たち。何かトラブルがあると相手だけを悪者にして聞くに堪えないような悪口を言い続ける人たち。
正直、つきあっていて辛いなあと感じることもあります。
こうした何とも言えない高慢さや傲慢さの裏側にあるのが、これまた何とも言えない強烈なプライドであるように思います。
イラン人が言うところの「人類史上初めての世界帝国を作り出した民族」であり、「イラン人なくしてはイスラームの発展はあり得なかったほどの優秀な民族」であり、「高度な文明や素晴らしい文化を生み出した民族」であるというのは間違いではないのでしょうが、そういう意識の上にいつまでも立っていたら、そこから先へ進めないのではないでしょうか。
自分たちが今苦しいのは全て他国の、あるいは他人のせい、と言って責任を全て他になすりつけるのではなく、自分にも何か問題があるのではないかと、一度くらい冷静に分析してみようよ、と言わずにいられません。外交問題にしても経済的な問題にしても、手を差し伸べてくれる国や人はいたのに、それを振り払い、事態を混乱させているのは自分たち自身なのですから。
きつい言い方ですが、私の友人の一人はイランのことを「大いなる田舎者国家」と評価しました。視野が狭く、自分の狭い世界の外を知ろうとせず、警戒し、排除する猜疑心の強さを持っているその反面、人が良くて親切でもあるからだそうです。この評価を聞かされた時には、そこまでじゃないでしょうと思いつつ、納得する部分もありました。
イラン政府の媚びない姿勢や、人々の中にある無邪気なプライドも実はそ嫌いではないですし、評価をする部分でもあるのですが、、「他」との健全な関係を築くこともしてくれたらもっと良くなるだろうにと、新大統領の就任式を見て思ったのでした。
私がイランを批判すること&イスラームについて語ることを非難する人へ。
イランを賞賛しなくてはイランについて研究したり住んだりしてはいけないのでしょうか?
ここでその言葉を引用している友人とはイラン人なのですが、あなた方の言い分に従えば、こうした発言をし、イランをこのように理解しているイラン人も、イランの本質を理解しようとしない人物であり、イランに住む資格はないということになります。全くくだらない話です。
今日、この記事だけを読んで、私がイランを嫌い、イランを批判するだけの人間であると判断するのでしたら、それは誤りだと思います。私を批判する人がよく言うことですが、その言葉をお返しいたします。
「あなただけがイランを知っているのですか?」
色々な立場からの色々な意見を暴言によって封じようとすることは、全く意味のないことだと思います。
そしてもう一つ。
イスラームについて勉強し、語る人が全てテロリスト擁護者なのでしょうか?そして全ムスリムがテロリスト予備軍なのでしょうか?そうした考え方の方がよほど危険ではないのでしょうか?
自分と違う考え方を理解しようとせず、幼稚としか言いようのない非難をし、攻撃をしてくる人の考え方を私は理解できません。反論を許さない攻撃は、テロリストと全く同じものであると自覚すべきだと思います。
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