イランの報道だけでは何が起こったのか、起こっているのかよく分からないところがあるので少し調べてみて非常に違和感を覚えました。
さて、この違和感は何なのだろうと考えてみました。
まず、この被害者である14歳の少女には全く落ち度はないのでしょうか?
この年齢の少女が深夜、ふらふらと出歩いていることがまず私には驚きでした。そして、自ら容疑者の誘いを受けてバイクに乗っているというところで正直なところ、呆れずにはいられませんでした。これでは、合意だと思われても仕方がないのではないでしょうか?
たまたま犯人が米兵だったというだけで、いずれは同様の事件に巻き決まれていたのでは?と思われてなりません。単純に「米軍基地があるからこのような事件が起こる」のかどうか少々疑問があります。それよりは、「家庭のしつけができていない」ことの方にも危機感を持つべきなのではないかという感じもします。まして、沖縄では同様の事件が起こっているのですから、家庭で注意を喚起しているべきだったと思うのです。
イランでも旅行者がやはり同様の被害に遭っているのを聞きます。
女性が男性の家に誘われて、ひょいひょいと付いて行くことに頭痛がします。
あまり評判が良くないイスラームの服装規定ですが、一応理由はあります。女性が不用意に自分の魅力を不特定の男性に対して振りまき、そのことによって男性が過ちを犯してはならないから、そういう事態を引き起こさないように慎み深く自分の美しさを隠しておきなさい。ということです。
個人的には、男性側の意識にも問題はあるのでは?と思わないでもないのですが、でもこの言い分も分かります。
札束をいかにも採ってくださいといわんばかりに見せ、放置していたなら、たとえそんなつもりはない人でもむらむらと悪心を起こしてしまうかもしれません。それを避けるためには、きちんと金庫の中にしまうとか、とにかく人目に付かないようにしておくことが大切だということに反対する人は恐らくほとんどいないと思います。
女性を札束にたとえるのはちょっと適切ではないかもしれませんが、ちょっと今他に適当なたとえが思いつかないのでお許しください。
もちろん、犯罪行為については犯罪行為として司法の判断が下されるべきだと思いますし、アメリカ軍兵士がアメリカ軍兵士だというだけで裁きを受けることなくアメリカへ逃げることができるというのはおかしなことだと思いますし、許し難く感じます。
しかし、それとは別なところで、日本人自身もちょっと考えるべきところがあるのではないかと感じた事件だったのでした。
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と、鼻をぐずぐずとさせながら、昨晩は日本からいらした方のお迎えにメフラバード空港まで出かけてきました。
最近はエミレーツ航空を使う方が増えたため、メフラバード空港は随分と久しぶりでした。国際便の発着が減ったためか、昔のような花束を抱えたお出迎え家族が随分と減っていて、ちょっと寂しくなっていたのが印象的でした。エマーム・ホメイニー国際空港の方はテヘランから遠いからなのかちょっと広いからなのか、それほどお出迎え家族が印象に残らないのです。メフラバード空港は、狭くて薄暗い空間に、黒っぽいコートやスカーフ、チャードルの女性たちが花束を過抱えてぎゅうぎゅうと集まり、家族を見つけては悲鳴を上げていたという印象が何故か強いのです。
まあ、それはともかく、例の中村君誘拐事件の余波を受けてなのか、エミレーツ航空などの湾岸系旅客機に押されてのことなのか、日本から北京を経由してやって来たイランエアに日本人の姿は少なく、団体旅行が一組と個人旅行客が少しいただけだったようです。
昨夜出迎えに行った方に聞いたところによると、イランで何が起こっても自分の責任であるとの念書にサインをさせられたとか。
イランって一体どういう国だと思われているんだ?と思うのと同時に、そんな念書を書かせなければいけないくらいなら、最初からチケットを売るなよと、何とも責任逃れの激しい日本の旅行社にも、ちょっと、なんだかなあと思わずにいられなかったのでした。
一人で旅行に来たからには自分で自分の行動に責任を持たなければならないというのは当然のことで、それは行く先がアメリカだろうがイランだろうが同じだと思うのです。そんなこと、念書を取らなくとも常識ではないだろうかと思うのですが、違うのでしょうか。
そもそもの発端となった中村君の誘拐事件ですが、報道を見ているだけだとイラン政府にやる気があるのかどうかよく分からない感じです。イラン政府の面子もかかっていますから、それなりに対応しているのだとは思いますが、バルーチェスターンの現地の人たちに聞いても「そんな事件があったの?」という反応ばかりで、本当に警察や軍が動いているのかどうかもよく分かりません。
このところ、朝晩などは随分と冷え込むようになりました。中村君がどこにいるかは分かりませんが、このまま長期化したら体力的にも厳しいだろうと心配です。
一日も早く事件が解決することを、願ってやみません。
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私がビザや宿の手配をした方の中にも何人か、旅行延期ための打診や、キャンセルをされた方がいます。
たとえ日程の中にケルマーンやバルーチェスターンが入っていなくても、いくら私が大丈夫ですよ、と言っても、一度芽生えた不安というのはなかなか消せないのだろうと思います。また、ほとんどの方が、「家族や周囲の人が心配するので」キャンセルをしようと思うと仰っていて、そうした方に心配をかけてまで旅行をする気になれないことも良く理解できます。
実際、私に「大丈夫だと思いますよ」と言われて旅行を決めたとしても、「本当に大丈夫なのか?」と旅行の間中心配しているとしたら、旅行が全然楽しいものにならないでしょうから、それならいっそキャンセルをしてしまうというのも一つの考え方だと思います。
ただ、キャンセルを伝える度、イランの旅行社やホテルの人などが嘆くのだけが辛いところです。
そうしたやりとりの中で、いくつか考えさせられたり、面白いなあと思ったことがありましたので、少しご紹介してみたいと思います。
「一人の日本人が誘拐されると、すべての日本人が誘拐の危険にさらされるの?危ない場所に近寄ったのは、その誘拐された本人の責任でしょう?どうしてそれで日本人全部が旅行をキャンセルするの?」
これはよく言われることです。9.11の後、ヨーロッパからの旅行客はほとんど減らなかったそうですが、日本からの旅行客はほとんど全滅に近かったそうです。その時も、「アメリカで起こった事件で、どうしてイラン旅行がキャンセルされるの?」と聞かれて困ったものでした。
「今回の人質が解放されたら旅行に行きますって言っても、解放されたら治安が100パーセントになるわけじゃないと思うんだけど、どう思う?」
「10万人の旅行客が平穏無事にイランを旅行していても、一人が誘拐されると、イランがイラクのように危ない場所だって言われるのはどうしてなんだろう?他の国では旅行者が誘拐されることは絶対に起こらないの?」
確かに、日本でも観光に来た人が殺されたりとかあったなあと記憶していますが、日本が危険地域に指定されたとは聞きません。
それから、中越沖地震(新潟県出身者としてはこの名称に違和感を感じるのですが)でも、海外で日本全国が放射能で汚染されているかのような報道が為されて、サッカーのチームをはじめ、来日を取りやめる人が続出して大変だったようですが、日本も同じことをしているんだなあと実感してしまいました。更には、日本ではイラクもイランもパキスタンもアフガニスタンも同じように考えている人が多いことも、過剰反応が起こる原因なのでしょう。
危険地域といえば、こんな発言もありました。
「日本に何年かいたことがあるんだけど、ケルマーンやバルーチェスターンを危険地域というなら、ボクは新宿とか渋谷とか池袋だって結構危険だと思うなあ」
「バルーチェスターンやバムの周辺は、確かに、麻薬の密売人たちがうろうろしているけど、日中の街中で誰かを誘拐することなんてないよ。そういう意味では、テヘランの周縁部だってかなり怖いよ。地方から流れ込んできた人たちばかりで治安は良くないし、麻薬をやっている連中はいるし。でも、そういう場所にはわざわざ近づかないのが普通だよね?バムやバルーチェスターンでも危なそうなところに近づかないとか、一人きりになる場所に行かないとかすれば特に何もないはずでしょ?そんなの、イランだけじゃなくて、どこでも当たり前のことなんじゃないの?」
「麻薬密輸グループや山賊が危ないのは当たり前で、彼らが強盗や誘拐をしたからといってびっくりしないよ。日本でもヤクザには普通の人は普通、近寄らないでしょ?自分で近づいておいて被害にあったからといって、その国へ行くと絶対に被害に遭うみたいに考えるのかな?」
9.11の際に使われた飛行機に乗り合わせたというような場合はともかく、イラクで捕まった日本人とか、アフガニスタンで捕まった韓国人とか、避けようと思えば避けられることをあえてしたからなんだよなあ、という部分には同意。
「日本では、中学生が小学生を殺して首を切り落としたり、駐車場から突き落としたりという事件があったよね。学校から帰る途中で子供が誘拐されて殺されたりしているんでしょ?母親が自分の子供を殺したり近所の子供を殺したりというのもあると聞いたことがあるよ。そんな風に、犯罪組織でもない人やこどもが簡単に殺人をしてしまう日本の方が怖いと思うんだけど、違うかなあ」
同列に並べられることなのかどうかちょっと悩みますが、でもものすごく考えてしまいました。
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イラン現代文学における代表的な作家の一人、サーデグ・ヘダーヤト(サーデク・ヘダーヤトとも)の短篇集です。
翻訳文学の出版が難しくなっている日本で、イラン現代文学という超マイナー分野の翻訳を出版されるのは非常に困難だったことと思います。
訳者である石井啓一郎さんとは友人を通して知り合い、お話しをしたことがあるのですが、イランと文学に対する愛情が伝わってくる楽しい時間でした。それはきっと、この翻訳からも伝わってくるのではないかと思います。

私もさぼってばかりいた翻訳に取り組んでみようかという意欲がひたひたと湧いてくる一冊でした。
第二次世界大戦前後のイランを生きたヘダーヤトが様々な手法で描いた当時のイランを、この翻訳を通して感じることができると思います。
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昨年も書いたように思うのですが、これは本当に、原子力発電所の必要性をアピールするための政府の陰謀では?と勘ぐりたくなってしまいます。それにしても、今年は昨年に比べると停電が多いように思います。それだけテヘランの人たちの家庭に電化製品が増えたということでもあるのでしょうか。

(テヘラン近郊にある火力発電所の一つ)
話を戻して、アゼルバイジャンの涼しくさわやかな気候、とはいっても、今回、タブリーズの空気の悪さにはびっくりしてしまいました。
テヘランに次ぐ深刻な大気汚染地域というのはニュースなどで知ってはいましたが、それを実感したのは今回の旅行が初めてでした。考えてみたら、タブリーズに泊まったのは随分と久しぶりだったのですから当然かもしれません。
タブリーズでは空気の悪さに喉が痛くなっても、工業都市タブリーズを出ればそこにはイランでもトップクラスの農業生産力を誇る緑の大地が広がっているのですから、そのギャップにはくらくらしてしまいます。
アーザリー系の人たちの分離独立志向も分かるけど、イランがここを手放したくない気持ちも分かってしまいます。関係ありませんが、アゼルバイジャンの分離独立を言う人たちに、「分離独立なの?アゼルバイジャン共和国との合体じゃなくて?」と聞くと、「分離独立」派が多いのがまた面白いところです。実際はどんなものなのでしょうか。
東西アゼルバイジャン州とアルダビール州の三州を指してアゼルバイジャン地方というのですが、テヘランから訪れるととても「異国」を感じさせられる場所です。その理由はそこに住むトルコ系の人たちが使うアーザリー・トルコ語によります。
イランの公用語はペルシア語ですから、教育を受けている人であればペルシア語を話すことも何の問題もなくできるのですが、彼ら自身の間ではトルコ語が使われています。
イランにはアーザリー・トルコ語の他にもトルキャマンの人が使っているトルコ語と、遊牧民のガシュガイ族の人が使っているトルコ語があるのですが、お互いに何を言っているかは分かるけどどれも微妙に違うそうです。私が聞いてもよく分からないのですが。
そしてアーザリー・トルコ語も地方によって方言差があり、タブリーズのトルコ語が一番きれいで、アルダビールのものが一番なまっていてきれいじゃないのだそうです。私が聞くとどれも一緒なのですが。
アーザリー系の人たちは色素の薄い、ヨーロッパ系の人に似た人もいればファールスィーの人と区別がつかない顔立ちの人もいて色々ですが、トルキャマンは日本人にもよく似たモンゴロイド系の顔立ちをしていています。ガシュガイの人たちも独特の顔立ちをしています。そうした人たちがトルコ系言語を話すという理由で「トルコ系」とひとくくりで呼ばれるのは不思議な感じだなあと思いますし、人種とか民族とかそういった言葉にこだわったところで、だから何?という気分にもなってきます。これは私があくまで外の人間であって当事者ではないからそう感じるのかもしれませんが。
日本でよく聞かれる「地球市民」という言葉も何となくうさんくさく感じるのですが、ことさらに特定のグループに属することを強調し、わざわざ他と争う必要もないんじゃないのかなあと、いわゆる文明の十字路と呼ばれる場所で生き延びてきた国の片隅でちょっとしみじみしてしまったのでした。
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といっても、完全にイラン側の問題なのかどうか悩むところではあるのですが。
イラン政府とバム市の間で、復興の遅れの責任を押しつけ合い、また、被災者との間で様々な問題が起こっているいるという話はずっと耳にしていました。
ところが、これがイラン国内だけでなく、日本をはじめとする外国の支援に関しても、イラン当局との間で不思議な形で問題が見られることを耳にしました。
バムで地震が起こった直後、日本政府は被災者のためにと仮の住宅用にコンテナを千個バムに送りました(もっと多いかもしれませんが、私が聞いたのは千個分です)。
被災した住宅跡でも、道路脇でもどこでもいいから、必要な人のために、ということだったと聞いています。
私が地震から1年後にバムを訪れた際も、コンテナ住宅に住む人はまだ沢山いましたから、日本だけでなく、イラン国内をはじめ、様々な国から送られたコンテナが使われていたのだと思います。
ところが日本がバムに送った千個のコンテナは、3年経った今でもまだ使われていません。
使われていないどころか、コンテナにエアコンを取り付け、水道やガスを取り付けて台所仕事を行い、風呂を使えるようにする工事が今でも行われ続けています。
このコンテナ住宅が700戸と300戸に分けて、市や郡の管理する土地に置かれ、バムの当局によって兵士が土地への入り口を守り、地元の人を一歩も入れずに工事が行われ続けているため、地元の人たちから何のための支援なのか、工事なのかと不審の目が注がれ続けています。
この集合住宅のすぐ近くにイスラーム自由大学のバム校舎があるため、大学の寮として使われるのではないか。あるいは、市や郡の管理する土地に置かれていることから、とりあえず未だに住宅を持つことができない被災者に住宅として与えておいてほとぼりが冷めた頃に、家賃を取って市や郡の収入にするつもりなのではないか。等々色々な噂が飛び交っているそうです。
緊急用住宅ではなく仮設住宅として被災者に提供するためのものであるにしても、地震からもう3年です。イランが用意した仮設住宅は地震から1年ほどの間に次々と建設され、被災者に提供されています。仮設住宅としてなら、イラン政府にしてもバム市にしても、あるいは日本政府(大使館など)にしても、どうしてそのようにバムの人たちに伝えないのでしょうか。
「被災者のための緊急支援」としてコンテナを提供した日本側と、緊急用とは思えない設備をしずしずと整えて、二大集合住宅地を建設しているバム市との間に、何か意識のずれがあるのではないかと心配です。
地震から何年も経ちながら、日本から送られた援助をバムの人たちが手にすることができない、目にすることができない、更には、それがどのような使われ方がするのかという情報すらないというのは不安と流言を呼ぶ原因になるでしょう。バムで日本の援助に対して不満の声が聞かれる原因の一つがここにもあるのではないかという感じもするのです。
ところで、先日の日本の援助に対する不満についてですが、もう一度整理して述べさせていただきますが、私は、援助というのはあくまでその土地に必要なものを必要な形で与えることが大切であって、与える側の満足のために行うのではないはずという考えを持っています。援助について色々な考え方はあるでしょうが、受け取る側が傷つくような与え方はやはりどこかが間違えているのではないかと感じます。
私が「タアッロフ」という表現を使ったことでそれを「禁じ手」と仰っている方がいらっしゃるようですが、あくまで、相手を理解することが必要なのではという意味でしか使っておりません。日本語にない概念をとおして異文化理解の必要性を言うことが禁じ手だとは思わないのですが。
こうした考え方は間違っているのかもしれませんが、もしそうだとしても私はそう感じる、としか言うことはできないのです。
それから、コメントで思い出しましたが、コメントというのはあくまで私の書いたものに対するコメントを行う場であってそれ以上の場ではありません。何かのアピールや宣伝をしたい場合、あるいは議論を行いたい場合は、ご自身のブログあるいはBBSなどで行ってください。
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被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
この地震のニュースを見て、先日友人から聞いた話を思い出しました。
イランのバムでの話です。
皆さんもご記憶のことと思いますが、三年と少し前、バムで3万人近くの人が亡くなるという激しい地震がが起こりました。
地震の規模で言うなら神戸や新潟、そして今回の能登半島の地震の方がずっと大きかったのですが、地震に対する備えの全くない場所で未明に起こった地震ということで信じられないような死傷者を出した地震でした。
被害の状況が明らかになるにつれ、世界各国から被災者を助けるために人、お金、物資がバムに集まってきました。
日本からも地震直後から様々な形で援助や支援が送られています。話によると、援助額をはじめに表明した額と同じだけ出しているのは日本くらいだとか。
それそのものは約束を守る国であるという信用に繋がることであり、評価すべき点なのでしょうが、その運用の仕方に関してはどうなのだろうと思うことがあります。
一つは、私自身もバムで見聞きしましたし、友人から聞いた話でもありますが、日本の援助・支援団体があまりに現地の人々の習慣や感情を無視した傍若無人なふるまいをしていた(あるいはいる)事についてです。「もう日本人には来て欲しくない」とまで言う人もいて、非常に考えさせられました。
日本のやり方を押しつける。現地の状況を無視した援助物資を持ち込む。援助・支援を受ける人の感情を考えない自己満足な活動をする。等々。
「日本の経験を」という言葉をどれほど耳にし、どれほどそれが嫌がられていることか。イランの内務省で、バムでどれほど「どうして日本は自分たちだけが経験を持っていると考えているのだ?」「現地のことは我々の方が知っているのに」という言葉を聞かされたことか。
全くもってその通りです。反論の言葉もありません。
神戸をはじめとする日本国内でさえ、それぞれの地域でそれぞれの事情や情況があり、全く同じ形の援助や支援ができるということはないはずです。それなのに、どうして「日本は地震に対する経験があるのだから、私たちの言うことを聞きなさい」という態度でイランの人たちに接するのでしょうか?これは傲慢以外の何ものでもないように思います。
今もバムで被災者の支援をしているイランのNGOの人たちが、「3年経ってもまだバムの人のタアッロフってよく分からないわ」とこぼしているとか。
タアッロフというのは色々な意味があるのですが、この場合、例えば、「どうぞ、お茶だけでなくてお菓子もどうぞお取り下さい」とか「どうぞ、私の家で食事をしていって下さい」とお客に何かをすすめたりすることです。
テヘランなどでも、旅行者や知り合ったばかりの人に対して「私の家に遊びに来てください」「どうぞ、お茶でも飲んでいってください」「どうぞ食事でもしていって下さい」「私の家に泊まって行きなさい」等々、様々なタアッロフがあります。
もちろんこれらは心からそう思っている場合もありますが、多くは「そう言わなくてはいけない」という彼らの習慣あるいは文化に基づくものであって、断ることが前提になっています。「ありがとう。でも、これから用事があるので遠慮します」と断って見せ、それでもなお誘われた場合にはじめて、「じゃあ」ということになるのです。これが分かっていない人はタアッロフの分からない野暮な人になるのだとか。
これがテヘランだと、二三度の「どうぞ」「いいえ」というやりとりで本気かどうか分かるのですが、テヘランの人によると、バムの人たちのタアッロフはテヘランよりも熱心に見えるために回数を多く断らなくてはいけないし、それでもまだこれで良いのかどうかと心配になるほどなのだとか。イラン人同士でも、他地域への援助・支援に関してはこれほど気を遣っているのです。
ところが、日本をはじめとする海外の援助・支援グループの人々は、勧められるままにほいほいと被災者の家に上がり込み、貴重な食事を勧められるままに平らげて帰ってしまうのだとか。「J○ICAの人にはもう来て欲しくない」というのはかなりショックな言葉です。
また、イランの人たちは基本的にとても親切で礼節を知る人たちであるため、相手が自分たちに親切にしようとしているのだと分かっていれば、それが自分たちの意に染まない行為であったとしても「ありがとう。とても嬉しいです」とお礼を言ってくれます。それを簡単に丸呑みして「自分たちはすばらしい支援をしているのだ」と考えてしまうのだとしたら、それはあまりにナイーブというか何というか、ちょっと悩ましいところです。
自分の行動が相手にどう見られるか、あるいはどのような行動基準・倫理を持っているのかを把握しないで行われる支援というのは、支援どころが相手に対する迷惑行為になることすらあるのだと現地の人たちの声を聞いていると感じないではいられません。
私がペルシア語を話し、イランの大学を出ているからということでぽろりと漏らしてくれる本音を耳にするたび、あるいはそうした本音をぶつけられた友人や知人から話を聞く度、どうしたものかと気分が重くなります。
自己満足のための、あるいはノルマ達成のための援助・支援ならしない方が良いのかも、と思うこともあります。
家族や親戚、近所の人のために援助物資を受け取りに来たら「何度も来るな」と怒鳴りつけられた。自分は女性だが、医師も通訳も男性だったために言えないことがあった。一回目は親切にしてくれたのに、二回目には「あの人は図々しいから」と会ってくれなかった。自分たちの好きではない音楽や歌を演奏しましょう、歌いましょうなどと押しつけてきた。高度な医療機器をもらったが使い方が分からない。等々。
イランに対して援助を行うのなら、イランについて詳しい人などにぜひどんなことに注意すべきなのか、イランの人が宗教観を含め一般的にどんな考え方をするのか、そういったことをぜひ尋ねて欲しいと思います。イラン人の通訳を使っているのだから大丈夫、と言われたこともありますが、イラン人通訳にとっては当たり前のことで気付かなかったり、あるいは通訳自身が一人のイラン人として遠慮して言えなかったり、また雇用者である日本人に媚びて都合の悪いことは言わないということもあるそうですので、お手軽に済ませようとしないで、様々な形でリサーチは行って欲しいと思います。
初期援助は混乱の中で行われますから色々と仕方がないところはあると思います。しかし、混乱が一段落してからの支援の仕方にはもう少し工夫が必要なのではないだろうかということを、地震のニュースを見ながら改めて考えてしまったのでした。
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イラン人に限らず誰でも、自分たちの祖先が悪の権化や野蛮人であるかのように描かれたら嫌な気分になるでしょう。自分の生まれ育った国に対する、あるいは自分のルーツである土地に対するごく自然の感情だと思います。
私も日本人が一方的に悪であるかのように描かれた映画を見れば良い気分はしないでしょうから、イラン政府やイランのブロガーたちが言うことも理解できます。
この映画がイラン政府などの主張するような「心理的な戦争」のためのものなのかどうかはよく分かりませんが、この映画に限らず、アメリカの善悪二元論的な世界の分け方には正直なところ、疑問を感じますしうんざりする部分もあります。
映画表現なんだから、と言ってしまえばそれまでなのですが、映画の制作者は古代イランについての研究に何も触れることなく脚本を書いたのかな?と少々不思議なところです。イランの長い歴史を見て「血に飢えた野蛮人」であったことはなくて、逆にそういう侵略者の犠牲になってきた部分も大きいように思うのですが。
ところで、イラン二千年の敵の筆頭にあげられている「マケドニアのアレクサンドロス」ですが、実際に、イランの人々が本当にそう思っているのかどうかは少々疑問です。
イスラーム以後の歴史を眺めると、「イスカンダル(アレクサンドロスのアラビア語&ペルシア語風の発音)」という名前を持つ人物はいますし、現在のイランでも「エスキャンダル(イスカンダルの現代ペルシア語風の発音)」という名前を持つ人はいます。古典ペルシア語文学作品においてはいつの間にやら悪の権化から、叡智の化身へと変身し、イランの人々へと語りかける存在となっています。
マケドニアのアレクサンドロス以上にイランに破壊と流血をもたらしたモンゴルの指導者であるチンギス・ハーンも、イランにとっては憎むべき存在であるはずなのですが、「チャンギーズ」という名前の男性は今のイランでも見られます。
イランの人々が強く意識しているかいないかは別として、心のどこかに持っている、「我々は高度な文明と文化を持っていた民族である」という誇りは、それを傷つける存在に対して複雑に働いているように見えます。
相手を悪である、文化を持たぬ野蛮人である、などと徹底的に貶めることで自らのプライドを慰めることもあれば、これほど優れた自分たちを倒したのだからきっと相手も優れた、強い人物であったに違いないとすることもあるようです。
前者の代表がサーサーン朝を倒してイスラームをもたらしたアラブに対してであり、また圧倒的な軍事力でイランを支配したトルコに対してであるように見えますし、後者がマケドニアのアレクサンドロスなのでしょう。
イラン人は野蛮人と蔑むアラブのもたらしたイスラームを受け入れ、その学問的発展に大きく寄与し、異民族の支配者の下で官僚や商人としてその安定に寄与してきました。
また、アレクサンドロスを哲学を深く身につけ、二本の角が生えた「イスカンダル双角王」という一種の超人とすることで、イラン文化、特にイラン文学に寄与させることもしてきました。
そうした歴史を眺めていると、現代的な狭量なナショナリズムや、一方的なグローバリズムというのはちょっと違うよなあと思わずにはいられないのです。
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一時帰国をしている間、何をしているのか。
たいていは人に会うことと写真の整理で終わってしまいます。
友人や仕事相手と会い、そのついでにイランで読むための本を買い込み、家ではただひたすらに写真整理です。
というのも、私が未だに銀塩カメラを使っているために日本では撮りためた写真の現像と、現像のできたポジをフィルムスキャナーにかけてデジタル化するという手間のかかる作業をしなければならないからなのです。
スキャンをした写真にデータをつけて、整理して、ある程度たまったところでDVDなどに落とす。日本滞在の半分はそんな作業で終わってしまいます。
デジカメを使えばこうした作業の何割かは必要なくなることは分かっているのですが、なかなか思い切ってカメラの買い換えができずに何年か経ってしまいました。(コンパクトのデジカメは使っていますが)
まあ、お金がない、というのが一番の原因なのですが、日本にいるとものが色々とあって目移りしてしまうというのも大きいような気がします。
ところが不思議なもので、あれも欲しいしこれも欲しいなあなどと考えているうちに胸一杯になってきて、本当に必要だと考えていたはずのものまで買わずにイランに戻ってしまうこともあったりします。一眼デジカメがそうなのですが。
ということは、本当に必要あるいは欲しいものではなかったということなのかもしれません。
とはいえ、やはり、外出をするとあれこれと欲しいものが出てきてしまうので困ったものなのです。

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