基本的にイランの国立大学の昼間部は学費を取りません。誰でも無料で学ぶことができます。国立大学の夜間部、イスラーム自由大学と呼ばれる私立(?)大学、通信制大学パヤーメ・ヌールは学費がかかります。これは大学院でも同じです。
つまり、本来なら無料で大学院で学ぶことができるはずの学生なのに、学費を徴収されている学生がいるのです。それもイランの物価から見たらかなりの金額です。
どうしてそういうことが起こるかというと、学費を払わなくてはならない半数というのは「夜間部」の学生ということになっているからなのだそうです。
あくまで「なっている」であって、本当に夜間大学院で学んでいるわけではありません。学費を集めるためにそういう措置を執っているだけなのです。「あなたは本来夜間部の学生だけど、夜間部のクラスが開講されていないから昼間部の授業に参加して良いよ」という形を取っているに過ぎません。
一応、入試の成績順に上から半分を昼間部の学生に、残りの半分を夜間部の学生ということにしているそうですので、成績優秀者に対する奨学金というか授業料免除措置と思えば不思議ではないのかもしれません。何となく割り切れない感じがしてしまいます。
この措置が始まったのが数年前で、それと同時にそれまで原則的(※)に無料だった外国人留学生からも学費を徴収するようになりました。これも色々な算定方法があるようなのですが、「それじゃあ日本と変わらないじゃん」と言いたくなるような金額が課せられているようです。そのため、一時期、外国人留学生の数がずいぶんと減ったそうです。
私自身は、クラスメートがほとんどみんな奨学金をもらっている中、「日本人だから必要ない」という理由で奨学金がもらえませんでしたが、それでも学費無料という恩恵を被っていただけに、「留学生は来なくてもいい」と言わんばかりの措置を残念に思わずにいられないのでした。
(※) ペルシア語・ペルシア語文学科の学生と、ムスリム学生は原則として無料だったと聞いています。
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停電をするのは構わないのですが、夕食時だけは避けてほしいなあと思わずにいられません。というか、停電をするなら予告をしてほしいと思うのですが、電力会社にとっても予告不可能な予想外の停電なのでしょうか。
予告不可能で思い出したのですが、大学でも何だか不思議なことがあります。
日本語学科は設立以来10年以上経っているのですが、来年度からようやく修士課程が置かれることになりました。
そのための入学試験も先日行われ、あとは二次試験を待つばかり、というところのようです。
ところがこの大学院入試、日程が直前まで決まらないのです。
一次の筆記試験も、割と直前まで、受験票がいつ手に入るのか、いつ試験が行われるのかはっきりせず、学生や卒業生などがやきもきしていました。
そして二次試験も、5月末にあるらしい、というところまでは分かるのですが、きちんとした日程は未だに出ていません。これじゃあ色々と憶測混じりのデマが飛ぶわけだよと納得です。
試験日程を決めずに募集をしてしまうというところが、なんともイランらしいとというかなんというか。あれこれとうわさ話に右往左往させられている学生たちを見ていると、なんとかならんものだろうかと思わずにいられません。
あらかじめきちんと日程を決めることに何か不都合があるのでしょうか?それとも、どうせ変更になるのだから余計な予告はしない方がいいということなのでしょうか?
そういえば、合格人数も募集要項には書いていなかったようです。どのジャンルから何題出題されて、どのような配分の得点になっているかなどはやたらと細かく書かれているのですが、いつ入試が行われるのかという肝心な情報がないというのは不思議な話です。
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まあ、日本についての概説を学ぼうというものなのですが、今日はちょっと困ってしまいました。
日本の憲法についての説明の中で、「戦争の放棄」について説明していると、学生から、「日本は軍隊を持っています」「防衛のための軍隊といいますがイラクにいます」「イラクでは武器を持って活動しています」との突っ込みが。
参ったなあと思いつつも、「そうだよねえ」としか言えません。
私個人の思想信条は置いておいて思うのは、日本国内でどんなに理屈を使って憲法問題をごまかしても、海外から見ればそんないいわけは全く通じず、そこにある現実だけが事実だということです。日本の宣伝下手というのもあるでしょうが。
もし自衛隊を海外に派遣することが必要ならそれに必要な憲法の改正を行うべきでしょうし、改憲を行いたくないなら中途半端に自衛隊の海外派遣を行うべきではないのだろうと思わずにいられません。
まあ、イランから見たらアメリカにくっついて活動している日本をはじめとする諸外国を、うさんくさく見てしまうという事情もあるのでしょうが。
関係ありませんが、大統領閣下が「原油価格はまだまだ安すぎる」という意味の発言をしたそうです。すばらしいです。
先日の日本の報道によると、閣下は、ハータミー前大統領の任期8年間に使った予算と同額の予算をこの2年間で使い切ってしまったとか。それも、人気取りのためにあちこちに現金をばらまいただけで、本当に必要なところには使っていません。
ばらまくお金が足りなくなって、手っ取り早く原油価格のつり上げをねらっているんだろうなあというのがありありと分かるだけに、なんだかなあとあきれずにいられません。
インフレ率20パーセントといいますが、実際にはもっとインフレは進んでいるような感じもします。ノウルーズがあけてからの野菜の値上がりにはちょっと怖いものがあったりするのです。
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学期の終わりになってようやく、「そういえば、先学期の給料を出していなかったっけ」と思い出したのか、先学期の給料が支払われました。先学期といえば夏休み前の学期です。非常勤の先生同士で「6ヶ月以上支払いが遅れたんだから、利息も付けて欲しいよね」などと、半ば本気で笑い合うような遅れぶりです。
まあ、それでも出たというのなら受け取りに行かなくてはと、会計課へと小切手を受け取りに行きました。それを銀行へ持って行き、口座に振り込んでもらおうとしてふとおかしなことに気がつきました。
私は先学期、6コマ12単位の授業を担当していました。その前の学期も同じです。ところが、先々学期の給料と比べて先学期の給料は随分と少ないのです。時給単位が下がったとも聞いていないしおかしいなあと、とりあえず換金するのはやめて家に戻りました。
次に大学へ行ったときに、学科長を捕まえて「ちょっとおかしいと思うんですけど」と訴えてみたところ、「あ、そうそう、非常勤の先生は10単位以上を教えてはいけないという規則があったので、あなたともう一人の先生は2単位分の給料が支払われていないのですよ」とのこと。
その場にいた先生方全員で唖然としてしまいました。
そういう規則があるのなら、どうして先学期の時間割を大学に提出したときにそれが指摘されなかったのでしょう。つまり、私たちはただ働きですか?とあきれていると、「とりあえず、今学期分の給料に残りの2単位分が加えられるようにしておきますから」とのこと。先々学期はそういう規則がなかったけど先学期にはそういう規則ができていたのか?と不思議なのですが、そういう通知は全く記憶にありませんし、他の先生方にしてもそうだったようです。
これまでにもイランの事務のあれこれには、文句を言いつつも慣れていたつもりでしたが、まだまだ甘かったということを思い知らされた出来事だったのでした。
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暖房の効きすぎで教室が暑いと学生から苦情が出て、換気のできる空き教室を探してもらってそこへ移動することに。
そんなこんなでばたばたして。予定していた内容をすべて終わらせるには中途半端な時間になってしまいました。まあ、ここまでは比較的順調に来ているしということで、用意していた材料の一つを次の授業に回して、学生とフリートークをすることに。
一番話題にしやすいからということで日本のテレビ番組や映画、アニメーションの話になりました。
私がイランに来て一番びっくりしたのは、テレビを付けると日本で昔私が見たことある番組ばかりで、日本のテレビを見ているかと思ったと言ったところ、学生たちは、そんな昔の番組が今放送されているのかとびっくりした様子でした。
そんな話をしていたら、学生の一人から、「先生、どうして日本のアニメーションの絵は、みんな目が大きいんですか?」と質問が。
思わずたじろいでしまいました。
とにかく何か答えなくてはと、「難しい質問ですね〜。正しい答えというのは多分ないと思います」などと場つなぎをしながら、思いつくままに話し出すことに。
「子供は顔の大きさの割に目が大きいですよね。大人はそれを見て『かわいい』と感じます。こどもはそうやって自分を守ってもらうのだそうです。つまり、人間は、目が大きい=かわいい、と思っているわけです。その考え方を利用して、目が大きな絵を描くことでこのキャラクターは『かわいい』のだと思ってもらおうとしているのではないかと、まあ、そんな風に先生は考えています。でも、わかんないです。本当のところは。ということで、そろそろ時間ですから、授業はここまでにしますね」
それにしても、確かに言われてみれば、日本のアニメとか漫画というのは、どうして不自然なほどに目が大きかったり、あり得ないようなプロポーションをしているのでしょうか。まあ、そういうものだよ、と言われてしまえばそうなのですが。
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学生がどうこうというのではなく、大学図書館に日本関連の書籍が全くと言っていいほどにないのです。日本語関連の書籍・辞書はある程度ありますが、日本の社会や文化に関連するようなものは全くないに等しい状態です。これでどうやって「研究」をさせるんだ?と頭が痛くなるほどです。「日本語・日本文学科」のはずなのに、「日本文学」に関する書籍すら見あたりません。
日本語学科ができてからもう10年以上経つはずです。その間、大学は日本語学科のために予算を割くこともなく、また図書館も「高い外国の書籍など買わない」と国際交流基金などの寄贈図書だけを当てにしている状態です。
テヘラン大学は年間予算などを開示したがらないので、どのくらいの予算で大学が運営されているのかよく分からないところがあります。「テヘラン大学はお金がないから」という人もいれば、「テヘラン大学はお金持ちだよ」という人もいます。
お金がないのなら仕方がないのかもしれませんが、お金を持っているとしても、少なくとも外国語学部の図書館を見ている限り、日本語に限らず、外国語や地域研究をしようとしている学生のために有益な図書を購入しようという意志はほとんど見られないように思います。
学生としてイラン文学を研究していたときには、さすがに自国の文学のことですし、歴史のある学部だったこともあって、図書館の蔵書にさほど不満を持ったことはなかったのですが、外国語学部に関してはちょっとひどいなあと思わずにいられませんでした。
そして先日のことです。
学科会議の席で、学科長がおもむろに講師陣に語り始めました。図書館がいかに日本語教材を必要としているかと。
お、図書館も少しはやる気になったのか、と思った私たちでしたが続いた言葉に耳を疑ってしまいました。
「ということで、先生方がお持ちの教材、日本の映画やテレビ番組のビデオなどをコピーして図書館に寄贈するように」とのこと。
日本にはコピーライトというものがあるし、全ページのコピーとか、ビデオのダビングなどをして寄贈というのは考えられない、と日本人講師たちは戸惑いの声を上げたのですが、イラン人であるところの学科長は我々の言葉の意味が分からないという顔です。コピーのどこが悪いのだと、あまりにきっぱりと言われてしまうともう二の句が継げません。
そんなことよりも、ちゃんと予算を取って正規に購入して欲しいという要請には、「そんなお金のかかることはできない」の一言で却下です。
日本とイランの経済格差故に、日本の書籍などを購入するのが大変なのは分からないでもありません。しかし、イランの学生にとっては、イランで出版されている本も決して簡単に手が出せる価格ではないことも多く、ましてや外国の書籍をレポートや研究のためにほいほいと買うことはできません。大学図書館が頼りと言っても過言ではありません。そうした学生や研究者への便宜よりも、「いかに予算を使わずに済ませるか」を考える大学側の姿勢には疑問を感じないではいられないのでした。
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咳が出たり下痢をしたりするわけではなく、ただ熱が出て、頭痛がしたり関節痛がするだけという妙な症状で、ひたすら寝込んでいました。
それでも仕事があったりするので、解熱剤を飲んだりして昼間は何とかするのですが、その反動で、帰宅をするともうぐったりとして、ただただ寝るだけという状態でした。
そんなこんなで、準備もほとんどできないまま臨んだ授業でのことです。
1年生のリスニングの授業だったのですが、その中でおばあちゃんと孫の会話を通して日本語のことわざを覚えるというタスクがありました。
「おばあちゃん。今日、外でお金を拾ったよ」
「犬も歩けば棒に当たる、だね」
「何それ?」
「外を歩いていると良いことがある、という意味だよ」
とまあ、こんな感じの流れでした。これはちょっとまずいんじゃないかなあと、熱でもうろうとした頭でもはっきりと嫌な予感がしました。
案の定、学生たちから、「先生、拾ったお金は警察に届けないんですか?」との声。
全くその通りです。
「先生も皆さんが言うことの方が正しいと思います。たとえ少額でも、警察に届けるべきだとおばあさんは言うべきですよね」
ついでだし、ということで、「日本では、こういう風に、拾ったり見つけたりしたお金をこっそりと自分のポケットに入れてしまうことを、『ねこばば』と言って、悪いことだとされています。どうしてねこばばというのかについては、説明が長くなるので今日は勘弁してくださいね(そこまで説明できるだけの気力がないし)」と、ねこばばという言葉を教えてそのタスクを大急ぎで終わらせたのでした。
教材を作るときには、もうちょっと適切な例を使って欲しいなあと思った一瞬だったのでした。というか、犬も歩けば棒に当たるってそういう意味だったっけ?否定的な意味の方が強くなかったっけ?という疑問もちょっと浮かんだのでした。
※ 辞書によると、やはり否定的な意味の方が一番目で、二番目におばあさんの説明したとおりの意味となっていました。
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新学期が始まる頃、次年度の入学試験願書の配布が始まります。
国立大学の場合、願書に希望大学・学部・学科を記入する欄が100個あります。さすがに100個全部記入する人は少ないようですが、それでも4〜50くらいの記入はするようです。そして、コンクールの成績に従って、希望の中からいくつか合格学科が決まります。
テヘラン大学日本語学科ですと、日本語を第一志望にしていた学生もいますが、多くの学生は英語学科やフランス語、ドイツ語などを第一希望にしていて、日本語を20番目くらいに書いておいたら当たってしまった、というケースのようです。
イランには日本のような偏差値というものがないので、大学や学部の難易度に関する情報が少ないようです。テヘラン大学をはじめとする有名大学や有名学科でしたら、かなりの高得点をしないと入学できないというのは分かりますが、全国的に見た場合、どの大学がどのくらいの位置づけなのか分かりにくいというのは確かなようです。都市部の大学に人気があって、地方の大学には人気がないというのはあるようです。
この大学進学を目指す高校生にとって人生の最難関であるコンクール、受験科目も多くて大変なのですが、採点方法がまた厳しいのだそうです。
普通、日本ですと、正解数が増えれば点数も増えていくはずです。
しかしコンクールでは、不正解があると合計点から不正解一つあたり何点科ずつマイナスされるのだそうです。
日本語能力試験の模擬テストなど、日本で行われているマークシート方式の試験をするときに、学生から「マンフィー(マイナス)はありますか?」と聞かれることがあります。はじめは意味が分からなかったのですが、要するに、不正解をマイナス点とするのかということだったのです。
こういうことを勧めて良いのかどうか分かりませんが、学生には「空欄にしておいたら0点だけど、マークをすればもしかすると当たるかもしれないんだから、正解かな、と思うところに印を付けておきなさいよ」と言います。ところが、分からないところは空欄にしておく学生がほとんどです。どうしてなのかな?と思っていたのですが、コンクールの採点方式が影響していて、間違えた回答をしてマイナスにされたらたまらん、ということだったようです。
コンクールはマークシート方式で、科目数が多いということで、こつこつと平均的に勉強する女性たちに有利になっているようです。女性の進学熱が高まっていることも理由の一つでしょうが。
数年前から、大学進学者の50パーセント以上を女性が占めるようになり、男性たちから大変な不満の声が上がっています。そのため、国会などで女性の進学を制限する動きがあるのだとか。
国立大学には、特別入学枠が設けられているところもあります。
イラン・イラク戦争で戦死した兵士の家族のための「殉教者枠」や負傷者のための「戦傷者枠」、物理オリンピックや数学オリンピックなどの入賞者が優先的に志望大学を選べる「オリンピック枠」などです。
戦争終結から何年も経ちますので、殉教者枠や戦傷者枠はもうほとんどないに等しいのですが、一時期のテヘラン大学は3割近くがこうした枠での入学者で、コンクールに関係なく入学してくるため、コンクールを受けて入学してきた学生たちとの学力格差が大きく、定期試験に通らない学生もいて、それを何とかして卒業させるために先生たちは苦労をしていたという話です。
国立大学の他には、パヤーメ・ヌール大学という国立通信大学があります。全国各地にセンターがあり、20万人くらいの学生が学んでいるそうです。
日本のような形の私立大学はほとんどありませんが、アーザーデ・エスラーミー大学と呼ばれる全国に各地に支部を持つマンモス私立大学があります。全国でこの大学で学ぶ学生は50万人を超えているそうですが、国立大学とは別な入試を行っており、国立大学に合格できなかった学生の受け皿となっているという側面があります。
この他にも小規模な私立大学があるそうですが、こちらについてはちょっと情報が手元にないのでよく分かりません。
国立大学は基本的に授業料は無料ですが、夜間部は学費がかかるそうです。また、私立大学も学費は必要です。しかし、この数年で爆発的に広がっているアーザーデ・エスラーミー大学では、校舎の建設が学生の増加に追いつかず、廊下で授業を行ったり、実験や実習が全く行えない支部もあるとかで、時々、学生が新聞の投書欄などで不満を訴えているのを目にすることがあります。
また、これらの学校・大学とは別に、イスラーム神学校があります。これも近年、大変な勢いで全国に広がっています。
こちらは学費は無料で、イスラーム神学に関係する授業が多数を占めています。イスラームに関心の高い人や、イスラーム法学者を目指す人などが学ぶ場所で、本来は男性のみが在籍する場所なのですが、イスラーム革命後、ホメイニー師の方針もあって女性のための神学校も作られ、各地に広がっています。女子神学校では、イスラームに関心のある女性たちの他、親や夫に大学進学を反対されたけど神学校なら良いと言ってもらえたという女性も多く学んでいます。
教育省に認可を受けている神学校では、卒業者に大卒の資格が与えられ、神学校以外の大学院への進学も可能になっているそうです。
神学校のことをアラビア語では「マドラサ」と言いますが、ペルシア語では「ホウゼイェ・エルミーエ(学問の領域といった意味)」と呼ばれます。ペルシア語で「マドレセ(マドラサのペルシア語訛り)」は学校全体を指します。例えば小学校は「マドレセイェ・エブテダーイー(初等学校の意)」、中学校は「マドレセイェ・ラーフナマーイー」といった具合です。大学は「ダーネシュガー(知識の場といった意味)」。
現在、国会では、大学進学を目指す高校生にとって苦痛の種であるコンクール制度を改革するための法案審議が行われているそうです。
制度の改革、といっても、実際にはコンクール廃止が骨子となっていますので、随分と大胆な改革です。
高校時代の成績表だけで合否を決めるというのが、大学教育にどのような影響を及ぼすのかちょっと想像がつきません。実際に大学で教えている立場からは、改悪でなければいいなあと思うだけです。
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メールを下さった方には申し訳ありませんが、こちらでまとめてお話しさせていただきたいと思います。
また、お返事が少し遅れてしまいましたことも会わせてお詫びいたします。
先日も書きましたとおり、イランの学校では秋分の日に当たる秋の第一日目、メフル月(イラン暦第7月)の最初の日に新年度が始まります。
正確には、この日がある集の最初の土曜日(イランでは土曜日が週のはじめ)から学校が始まっていました。今年はぴったり秋分の日に始まりました。
イランの学校制度は、小学校5年、中学校3年、高校三年、大学進学予備コース1年、大学4年(医学部は5年)となっています。修士課程、博士課程はそれぞれ2年と3年。
このうち、義務教育は小学校の5年間です。6歳から。
とはいえ、都市部ではほとんどの子供が中学校へ進学します。農村部でも最近は小学校だけで教育を終える子供は減っているそうです。農村部では中学校や高校の数が少ないところもあるため、地方の中核都市などには農村部からの子供たちを受け入れる全寮制の中学校や高校が見られます。
義務教育ですから、小学校は基本的に国立の学校がほとんどです。最近は私立の学校もあると聞いていますが、どのくらいの数なのか、手元に統計がないのでよく分かりません。
中学や高校も、家庭の経済状態や教育レベルを勘案して、国立や私立を選ぶようです。
中学や高校への進学に際して日本のような形での入試はありません。ということは、偏差値などもありません。進学する人が多く、教育程度の高い学校という評価を得ている学校もありますが、日本ほど顕著ではないようです。
どのような手続きがあるのかというと、小学校や中学校での成績表などを進学を希望する学校へ提出して、面接をして受け入れられれば終わり、なのだそうです。もちろん、成績表の平均点が何点以上、など基準があるそうなのですが、実際にそれがどのくらいの意味があるのか人によって話が随分と異なるのでちょっとよく分かりません。私自身は子供はいませんし、友人などの話で聞くだけなのですが、イランの学校の試験は、基本的に生徒たちに点数を取らせるための試験だから、その成績を比較してもどうなのかな?という話をよく聞いています。それに、親が「自分の子供の成績がこんなに悪いはずがない」と騒ぐと点数が上がるし、先生が、回答が間違えていると指さしてくれるとか、学校の成績に不信感を持っている人も多いようです。
学費ですが、国立は基本的に無料です。教科書代だけが実費です。学校によっては制服があり、これは生徒の家庭持ちです。また、学校によっては学校で使う光熱費や行事の運営費なども生徒の保護者から徴収するところもあるようです。これは、イランでは予算をできるだけ使わずに残すことが責任者の能力の高さを表すことになるので、学校の責任者(校長ですね)によっては、本来なら予算から支払うべきものも親たちに支払わせてしまうのだとか。親たちにしたら、それを拒否することで子供に不利益が降りかからないようにと心配してしまいますから、支払わざるを得ないのだとのこと。その気持ちはよく分かります。
私立の学校はもちろん学費がかかります。学校によって学費には幅があるようなのですが、少し前に私の大家さんの子供が通っていた私立の高校は、一学期 500万リヤール(6万3千円くらい?)とのことでした。「子供に学費がかかるから」を口実に家賃の値上げをされたのでよく覚えています。
私立学校は、本来、「教育の機会の平等」というイラン・イスラーム革命政府の目標とは相反する存在です。学費を徴収することで、収入の低い家庭の子弟の就学の機会を奪う可能性があるからです。
しかし、実際には、質の高い教育を受けることを望む人たちの希望により、私立の学校は増え続けています。そこでイラン政府も仕方なく「あれは非営利団体なのだ」ということでその存在を認めているのだそうです。
いくつかの私立の学校を見たことがありますが、概して、国立の学校よりも設備投資が進んでいるようです。生徒たちが使うことのできるコンピューターがあって、コンピューター関連の授業を行ったり、大学入試のための特別授業を行ったり、外から講師を招いての特別な授業があったりと様々な工夫が成されているようです。
学校内のクラブ活動というのはあまり聞きません。
また、学校設備の問題もあるのでしょうが、日本のような競技中心の体育の授業はほとんどないですし、実験や実習も日本ほどは行われていないように見えます。
学校行事も日本のような運動会や文化祭、修学旅行のようなものはあまり聞いたことがありません。もちろん、校舎内に生徒たちの描いた絵画を張り出して、保護者たちに見せたり、遠足に行ったりということは行われています。
イランの子供は、帰宅後、何をしているのでしょうか?
都市部で、比較的余裕のある家庭の子供ですと、習い事をしたり、家庭教師を付けたり、予備校へ通ったりするようです。でも、日本のように小学生の頃から学習塾に通っているという子供は少ないように見えます。
イランの小学校は宿題が沢山出ます。宿題には、両親あるいは兄姉が面倒を見てあげることを前提としたものもあって、それを見ていると、イランでは家族の良い関係があることがごく当たり前に考えられているのだなあと思います。
革命前に学齢期だった世代には、学校へ行かなかった人もいました。(革命前の文盲率が50パーセントを切るくらい)
そのため、家庭によっては、子供の勉強を見てあげることができないということもあります。その場合は、近所の親戚の家で勉強したり、あるいは子供が学校へ行き始めることをきっかけに識字教室に通い、子供と一緒に勉強をしたりということもあるそうです。
習い事は、楽器やお習字、英語やアラビア語などの語学、絵画、水泳など様々です。普段は習い事をしていなくても、夏休みの特別教室には通っているという子供もいます。
高校に入学すると、大学に進学するかどうかということが問題になってきます。
イランの入試(コンクールと呼ばれる全国一斉の共通試験)、特に国立大学の入試はかなり大変です。受験学科によって試験科目数は異なりますが、全科目の7〜8教科から最大12教科くらい受験しなければならないこともあるとかで、「もう、信じられないくらい大変」なのだそうです。共通一次(年代がばれますね)でも根を上げた私としては、イランの高校生たちに感心しないではいられません。
大学入試をはじめとする進路を見据え、高校でのコース分けを選択します。人文系、芸術系、数学系、科学系の四つのコースがあり、自分の希望や能力に合わせてコースを選ぶわけですが、やはり、家族が「医者になれ」「弁護士になれ」等々、かなり強く進路決定に関わってくるようで、「家族が勧めた」コースを選んだという子も多いようです。
高校の三年間を終えると、大学進学を希望する生徒は1年間の大学進学予備コースへ進み、大学進学を希望しない人はここで卒業です。高校卒業の資格をディプロムと言い、イランの人たちの様々な発言を聞いていると、就職するには最低限ディプロムを持っていないといけないと見なされているような感じです。
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「大学の授業開始が9月23日になったのでよろしく」とのこと。
15日に授業を開始するから学生に周知徹底するように、という先学期の指事は何だったんだろうなあと、ちょっとぼやきたい気分です。
以前にも書いたとおり、学生たちから「寮が開いていないそんな時期に授業を始められても困る」とさんざん言われたのですが、結局こうした問題が解決しなかったのでしょうか。あるいは他に何らかの問題があったのか。
イランは宗教関連・革命関連の祝祭日が日本の倍ほどあり、また、学期の途中に正月やアーシュラーをはじめとする大きなイベントが挟まると学生が一斉に自主休講をしてしまうため、16回行うべしとされている授業数を確保できないことが多くあります。
これを是正するため、授業の開始を繰り上げ、授業数を確保しようというのが先学期末の通達の目的の一つだったのではないかと思うのですが、どこで何が起こったのでしょうか。この突然さがイランらしいといえばらしいのですが。
まあ、いきなり「早く始めるから」と言われるよりは延期の方がまだいいのですが、授業の計画を少し変更しなくてはいけません。今学期は担当授業数が少なめなので助かったなあと、ちょっとほっとしているところだったりするのです。
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